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"敬老の日"に語った、松平定信とは別な話 東京都目黒区でたった2人の名誉区民として

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敬老の日に、私は地元自治体(東京都目黒区)の主催する“敬老の集い”に呼ばれて短い話をした。私は名誉区民だからだ。名誉区民はもう一人いて、王貞治さん。が、年齢(私はまもなく卒寿〈90歳〉)と、行政経験が多少あるためにその役が回ってきたのだろう。

敬老の日を日本で初めて制度化したのは、江戸時代の白河(福島県)藩主、松平定信だと思う。号を“楽翁”といった。私はこの号を“楽しむ翁(おきな)(じいさん)”でなく、“老人を楽しませる”と解釈している。

日本に資本主義を導入した明治屈指の財界人、渋沢栄一が最も尊敬した政治家だ。天明の大飢饉(浅間山の噴火が原因)のときに藩主になり、「これは私への試練だ」と逆にモラール(やる気)を高めて、救民と災害地の復興に大活躍をした。彼は江戸時代に初めて市民の存在を国政(幕政)の対象にした、8代将軍徳川吉宗の孫だ。愛民を治政の基とし、節倹と吏道を重んじた。

後に老中首座(総理大臣)になるが、このときは幕府役人の再試験(学問吟味)を行っている。また模範的な大名(上杉鷹山など)の表彰も行った。汚職を何よりも嫌った。

渋沢は定信の治政が古代中国の孔子や孟子などの王道政治に基づくことにいたく感銘し、『楽翁公伝』(岩波書店)という大部の伝記を書いた。渋沢もまた「論語とそろばんを一致させよ」と、経済人に説く道義を重んずる人物だったからだ。

定信は災害の復興時から領内の高齢者たちを、城(小峰城)に招いてごちそうをし、藩政に対する忌憚(きたん)のない意見を聞いた。現在福島県立になっている南湖公園などは、その集大成だろうと想像している。

ヒューマニストの定信は、藩内における“間引き”(人為による人口調整)を絶滅したい。そのためには食糧の増産が必要だ。となると新田の開発、灌漑(かん がい)用水の整備、水源の確保などが必要になる。「よい水源は?」と聞けば「南湖」と老人が答える。では南湖にしようと定信が決めれば、「南湖の周りに四季を楽しめる花や木を植えてほしい」という要望が出る。それはよい案だとうなずくと「一連の工事に、いま失業している娘の婿を使ってほしい」という声が出る。これも受け入れる。結局はこの事業によって、間引きの防止、増反、灌漑用水の水源の公園化、雇用の創出など、一石で二鳥も三鳥もの効果が得られた。

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