「歴史を経営やリーダーシップに生かす」といえば、歴史上の優れた人物の言動を現在の状況に当てはめて考究するということだ。信長なら秀吉なら家康なら、と当面している危機や難題の解決のために、遠い過去からトンネルをくぐらせて、現状に登場させる。反対の例はあまりない。
現代の優れた経営者を「信長のような決断力を持っている」とか「秀吉のように人使いがうまい」とするような比定はあっても、その言行で歴史上の人物の言行を改める、などということはあまり行われていない。ややこしい言い方になるが、現代の経営者の言行を過去へのトンネルを通して、歴史上の人物に注入してしまう(つまりその人物の言行にしてしまう)などということは、ほとんど行われていない。
ところが私は時折それをやる。優れた経営者と懇談していて、相手がキラリと光る話をする。私はもともとキメツケが嫌いだから、一人の人物の中にも複数の歴史上の人物を当てはめる。うん、この話は家康的だなとか、この部分は蒲生氏郷だななどというふうに。
6月1日に亡くなられた藤井義弘さん(日立造船元社長)も、私に何人もの歴史上の人物を想起させた優れた経営者だ。あるときこんな話を聞かせてくれた。新入社員採否の面接には必ず隅にいて立ち会う。直接質問はしない。質問者(幹部)は判断に迷うと私(藤井さん)をチラと見る。私は指でマルやバツを作って応ずる。「私が絶対にマルにしないのは、うちの会社を大手だとか安定しているとかいう若者。問題意識のないヤツはダメだ」と語った。私はこの話をヒントに、加藤清正の面接の話を考え出した。
朝鮮の虎退治で勇名を馳せた清正は(朝鮮では嫌われている。そのための自己規制か、同業者もあまり清正の話は書かない)、実を言えば財政のエキスパートで、また城作り、都市作りの達人だった。死後、熊本城の一角にある加藤神社に祭られたのは、城下町作りに感謝した町民が、彼への気持ちを示したものだという。
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