「とにかく多かった」仕事量、後継者を探すのも一苦労

「本部役員の仕事がとにかく多くて本当に大変で、後継者を探すのも一苦労。『改革するなら、PTA本部を丸ごとなくすくらいのことをしないと意味がない』と思っていました」

こう話すのは、2017年から20年の4年間、横浜市立日枝小学校PTAで本部役員を経験した保護者の平野葉子氏。同校のPTAは、ほかの多くの学校のPTAと同様、PTA本部(役員6名)と下部組織の委員会で構成され、本部役員はほぼ他薦で選出されてきたという。

平野葉子(ひらの・ようこ)
横浜市立日枝小学校「日枝っ子友の会」 こーでぃねーたー
2017年から20年の4年間、横浜市立日枝小学校PTAの本部役員を務める。21年度は「日枝っ子友の会」のこーでぃねーたーとして活動。大学生と小6、2人の子どもの母親
(撮影:尾形文繁)

「私も他薦で選出されました。1年目は会計、2年目以降は副会長を務めたのですが、PTA主催の出前授業の準備、運動会終了後のトイレ掃除、学校行事の際の来賓の方々へのお茶出しや片付けなど、いわゆる“雑用”を含む本部役員の仕事量の多さに驚きました。これまで役員をやってくださった先輩保護者の方々に心から感謝の気持ちを抱いた一方で、『一部の保護者だけにPTA活動の負担が偏るのはおかしい。なくてもよい活動がたくさんあるのではないか』と強く感じたのです。

何をどのようになくしていけばいいのか、自分の言葉で発言できるようになるためにも、まずは『前任者から引き継いだこととしっかり向き合ってみよう』と。1年目は、目の前の“やるべきこと”を懸命にこなし続ける日々でした」と振り返る。

「変えたい」という声が出たときが、改革のタイミング

18年、住田昌治氏が、新校長として同校に着任。住田氏は、ユネスコにより提唱されている持続可能な開発のための教育=ESD(Education for Sustainable Development)の視点を学校運営にも取り入れ、教職員がお互いを信頼し合いながら生き生きと働ける環境づくりに尽力してきた。

トップダウンではなく、現場の声に耳を傾け対話を重ねながら組織を改善していく「サーバントリーダーシップ」による“元気な学校づくり”で注目されている校長で、学校組織マネジメントや教職員の働き方などをテーマに全国で講演や記事執筆も行い、他校からの視察も絶えない。

住田昌治(すみた・まさはる)
横浜市立日枝小学校 校長
1958年生まれ。島根県浜田市出身。1980年より横浜市の小学校に勤め始める。2010〜17年度横浜市立永田台小学校校長、18年度より横浜市立日枝小学校校長。ユネスコスクールに加盟し、ESDを推進。独自の実践を重ね、多くのメディアで取り上げられる。著書に『カラフルな学校づくり ESD実践と校長マインド』(学文社)、『管理しない校長が、すごい学校組織をつくる! 「任せる」マネジメント』(学陽書房)がある
(撮影:尾形文繁)

「子どもたちの健やかな成長のためには、学校と保護者との協働は欠かせません。PTAはそのための組織ということになりますが、そもそもボランティアなのに、一部の保護者がつらい思いをしながら続けるのはおかしいですよね。

まずは本部役員の皆さんの声を聞こうと、月に一度、校長室で一緒に給食を食べながらざっくばらんにいろいろ話すことから始めました。対話を重ねるうちに、『これまでのPTAのあり方を変えたい』『本部をなくしたい』という声が上がり始めたのです。当事者からこのような声が出てくるタイミングが、改革のチャンスです。改革するならどのように変えていけばいいのか。対話を重ね、他校の事例なども共有しながら新しい組織像をみんなで考えていこうとなりました」という住田氏。平野氏も、当時をこう振り返る。

「校長先生が折に触れ言ってくださった『無駄だと思うことはやめようね』という言葉に安心し、校長室にしょっちゅう足を運んで(笑)意見を言わせていただきました。『PTAがよりよい組織になってほしい』『後に続く保護者に、私のような苦労は味わってほしくない』という使命感のようなものも大きかったです」

キーパーソンが、もう一人存在する。

教務主任の高木広希氏だ。同校に勤務して9年目になる高木氏もまた、教職員の立場で、これまでのPTAのあり方や運営方法に以前から問題意識を抱いていたという。

高木広希(たかぎ・ひろき)
横浜市立日枝小学校 教務主任
横浜市内の小学校勤務を経て、2013年より同校に勤務。21年度、横浜市立日枝小学校「日枝っ子友の会」の学校窓口を務める
(撮影:尾形文繁)

「毎年4月に保護者の方との懇談会を開催するのですが、『懇談会の後にPTAの役員決めがあるから…』という理由で、参加者が非常に少ないのです。クラス開きの大切な時期に保護者の方々と顔を合わせることができない状況をどうにかしたいと、教職員同士で常々話していました。PTA活動全般については、一部の保護者に負担が偏っているように見てとれ、『なるべく多くの保護者に少しずつでも関わってもらいたい』という思いがありました」

高木氏の前任校のPTAは「委員会制」でなく、登下校の見守りやベルマーク収集など、活動ごとにボランティアを募集する「ボランティア制」で、比較的多くの保護者が活動に参加していたという。

「当校でも試してみる価値があると思い、19年の運動会の際、学校連絡メールで前日準備やテントの片付け、当日のパトロールなどのボランティアを募集してみたのですが、たくさんの方が手を挙げてくださいました。『PTA役員になるのは無理だけれど、子どもたちのためにできることがあれば手伝います』というスタンスの保護者が多いことを肌で感じました」

改革の方向性として、住田氏も以前から口にしていた「ボランティア制」が現実味を帯びてきたという。

「日枝小学校PTA」から「日枝っ子友の会」へ

そして20年。コロナ禍により、PTA活動がストップ。

「これまでどおりの活動ができず、困ったか?と問われると、そんなことはないわけで。ならば、ここで変えてしまおうと。本部役員・委員の皆さんに、『今までの活動にとらわれることなく、参加する保護者が自分の好きなことや得意なことを生かしたり、活動に関わる大人が楽しんだりワクワクしたりしながら子どもたちに必要な活動を行う団体にしていきましょう』と呼びかけました」と、住田氏。

子どもたちのために、どのような組織でどのような活動をしていくのか。学校と保護者で検討を重ねた結果、ボランティアを核とした新しい組織が発足した。その名も、「日枝っ子友の会」。本部・委員会をなくし、「子どもたちのためにしてあげたいことを、できるときに、できる人・やりたい人がやる」という方針のコミュニティーだ。

子どもたちと保護者をつなぐ“まとめ役”として存在するのが、「こーでぃねーたー」だ。「こーでぃねーたー」の任期は1年で、本人の立候補をもって選出。子どもたちのためになる活動の企画を立て、その企画を一緒に行うボランティアを全保護者から募集し、活動を行う。

「肩書や会合への義務感や負担感など余計な感情にとらわれず、オープンな形で『子どもたちのために何ができるか』を考えていけるようなコミュニティーにしていくためにも、PTA、本部、実行委員会、運営委員などの名前をすべてなくしました。新しい役職である『こーでぃねーたー』もあえてひらがなにしたことで柔らかい雰囲気になり、参加へのハードルが低くなると思います」(高木氏)

保護者へのお便りで「日枝っ子友の会」の設立と目的をお知らせし、「こーでぃねーたー」を募集したところ30名を超える応募があり、21年4月、「日枝っ子友の会」の活動がスタートした。

21年度は、「こーでぃねーたー会議」で出されたたくさんのアイデアの中から、子ども向けのイベントの開催、ベルマーク収集、広報誌発行、以上3つの活動を行っている。平野氏は、「こーでぃねーたー」として子ども向けのイベントを担当。

「コロナの影響で予定や内容が変更された部分もありますが、10月にハロウィーンバージョンの縁日、12月には体育館を会場にお化け屋敷を開催しました。私を含め8人の保護者でイベント準備などを行ったのですが、『親が楽しまないと子どもも楽しめないから、みんなで力を合わせて仲良くやろう』という雰囲気が最初から出来上がっていて(笑)。

子どもたちに喜んでもらえたのはもちろん、周りの保護者からも『うちの子がとても喜んでいました』などと声をかけてもらってとてもうれしかったですし、『こんなPTA活動がやりたかったんだ』と、再認識しました。私たちの思いを酌み取り、新しい組織づくりへと導いてくださった先生方には本当に感謝しています」

10月に行われたハロウィーンバージョンの縁日(左上・左下)。12月に開催したお化け屋敷のイベント(右上・右下)

本部役員の負担が大きかったこと、懇親会や研修会などの開催意義に疑問を抱いていたことなどから、この組織改革を機に、これまで加盟していた地域のPTA連合会も、校長の承認の下、21年をもって脱退したという。

教員、保護者、地域で子どもたちを育てていく

これまでのPTAのあり方や運営方法を文字どおり一新し、新しく生まれ変わった「日枝っ子友の会」。抜本的な改革を行ったため、初年度は、保護者と対話を重ねつつ学校主導で道筋をつけてきたという。

「PTA改革の案内や『日枝っ子友の会』の『こーでぃねーたー』募集の文書を作って配布したり、保護者へのメール連絡を行ったりなどの庶務的な活動、会費の管理などは学校で請け負い、主に私が担当してきました。初年度が終わった時点で改めて1年を振り返り、次年度に向けどのように舵を切っていくか、保護者と対話を重ねながら検討していく予定です。学校は今、教職員の働き方改革をはじめ、大きく変わろうとしています。PTAも一緒に変わり、教職員と保護者、地域が共に子どもたちを育てていく、よりよい環境をつくっていけたらと思います」という高木氏に、住田氏も続く。

「組織を変えていくのにはエネルギーが要るものです。だからこそ、『変えたい』という熱を持った教職員や保護者がいるときに変えていくことが大切です。組織改革の過渡期は、どうしても誰かに仕事が偏ってしまうことがありますが、『やりたい』という気持ちがある人は、自分のモチベーションを保ちながら向き合うことができるものです。そこを管理職がサポートしながら一緒に前に進んでいくことで、持続可能な組織になっていきます」

さらに、「学校生活においてはもちろん、『日枝っ子友の会』や地域活動などいろいろな場で、子どもたちの声をもっと聞くことが大切」だという。

「『日枝っ子友の会』の話し合いにも子どもを入れ、『こうしたほうがいい』『こんなことをやってみたい』など率直な意見に大人が耳を傾ける。いいものはどんどん広げ、改善の余地があるものは、都度修正しながらつねに変わり続けていくほうが形骸化を避けることができますし、結果的に成果は上がっていくと思います。

自分たちの学びの環境を子どもたち自身がつくっていけるような風土をつくることがさらなる成長につながりますし、子どもたちの声が保護者と教職員の新たな気づきを生み出し、よりよい保護者組織、よいよい学校づくりにつながっていくのだと思います」

(企画・文:長島ともこ、注記のない写真:日枝っ子友の会提供)