プログラミングを「極力教えない、与えない」理由

墨田区の地元企業が社内につくったシェアオフィス。そこに、昨年までは月に1度、小中学生が集まっていた。

その目的は、墨田区のNPO法人THOUSAND-PORTが主催するプログラミングクラブ「QUEST」だ。2015年10月にスタートしたQUESTの最大の特徴は、そのネーミングに表れている。それは、プログラミングの塾や教室ではなく「クラブ」であること。コンテンツ開発を行う現役エンジニアで、QUESTでヘッドコーチを務める竹下仁氏は、その意図をこう話す。

竹下仁(たけした・まさし)
フリーのシステムエンジニアとして、企業のシステム開発などに携わる一方、教育関連事業にも活動の場を広げ、小中学生を主な対象としたプログラミング教育の企画やコンテンツ制作などを手がけている

「今は、一度学んだ知識で定年まで働ける時代ではありません。つねに新しい技術や知識を学び続けることが重要です。だからこそ、子どもたちに身に付けてほしいのは興味があることを調べ、トライ・アンド・エラーを繰り返すという学び方そのもの。そこにマッチするのがプログラミングです。参加者が主体的に学べるよう、『極力教えない、与えない』を重視しています」(竹下氏)

トップダウン式で教える教室や塾ではなく、主体的に学ぶクラブだから、竹下氏も「先生」ではなく「コーチ」なのだ。

一方、クラブの参加者は小中学生。初学者対象のため、まずはソフトの操作方法を身に付けることから始める。自分で操作できるようになったら、プログラミングソフトを使って自由に作品を作る。

「毎月参加する子もいれば、時間をおいて参加する子もいます。また、自宅にパソコンがあって使える子もいれば、パソコンに触るのはクラブに来た時だけという子もいて、習熟度も異なります。ですから、子どもたちには『正解も失敗もない』『人と同じことをする必要はない』と伝えてきました」(竹下氏)

塾や教室ではないので、目標設定などはあえて設けない。一方で、子どもたちの作品を外部に披露する場として、年に1度「QUEST展」を開催していた。

「初年度のQUEST展でのこと。ある男の子が、自分の作品を見ているお客さんに話しかけて説明を始めたんです。普段はおとなしい子なので、『この子、こんなによくしゃべるんだ!』と驚き、胸が熱くなりましたね。それを見ていた親御さんもとてもうれしそうでした」(竹下氏)

クラブでは年に1度「QUEST展」を開催し、子どもたちが自由に制作した作品を披露する場を設けていた

学校ではどうしても、勉強や運動ができる子に注目が集まりがち。だからこそ、勉強や運動以外で光るものを持った子にもスポットが当たる場をつくりたいという思いがあったという。

「プログラミングは自分の部屋で1人で学ぶこともできます。けれど、どんなにスキルを持っていても、自分の世界に閉じこもってしまっては仕方がありません。大切なのは、プログラミングというツールを通して自己表現をし、他者との関わりを学ぶこと。それが糧になるはずです」(竹下氏)

地域の大人としてもっと主体的に関わりたい

プログラミングというツールを通して他者と関わる。それを後押しするのがサポーターの存在だ。サポーターとは、コーチと一緒に子どもたちの疑問や質問に答えるボランティアだ。竹下氏と共に運営を担っているNPO法人THOUSAND-PORT代表理事の鈴木篤司氏はその意義をこう話す。

鈴木篤司(すずき・あつし)
NPO法人THOUSAND-PORT代表理事 墨田区を拠点に、次代の社会の担い手である若者を地域と共に育む対話やワークショップの企画、運営を行う

「サポーターを務めてくれたのは、主に墨田区内の高校のパソコン部の生徒です。子どもたちにプログラミングを教えることで彼らの理解やスキルが高まりますし、子どもたちにとっては『頑張れば自分もお兄さんやお姉さんみたいになれる』というロールモデルになる。すると、その子どもたちが大きくなって、今度はサポーターになる。そうした生態系をクラブの中につくりたかったのです」(鈴木氏)

QUESTには区外から通っていた子もいるが、多いのは墨田区在住の子どもたち。そもそもなぜ、墨田区にこうしたクラブをつくったのだろうか。鈴木氏が言う。

「私と竹下さんが墨田区在住だからです。私は東日本大震災の後、岩手県大槌町で復興のお手伝いをさせていただきました。その時に強く感じたのが、『自分の住む街を自分でよくしていきたいと思う人が増えたらいいな』ということ。また、勉強だけでなく生活習慣や道徳など、本来は学校教育の範疇外である子どもの学びや育ちに関わる一切を学校に丸投げにしているのではないか、という課題感も持っていました。私にも子どもがおり、親としても一大人としても、子どもの学びや育ちに主体的に関わり、コミットしていく必要があるだろうなと。当時は東京の城東地域に小中学生がプログラミングを学べる場がなかったこともあり、竹下さんとクラブをつくろうということになったのです」(鈴木氏)

幸い、地域のハブとなっていたシェアオフィスが2人の趣旨に賛同し、場所を提供してくれて、15年10月から本格的にスタートすることになった。学校や家庭ではなく、地域が子どもの学びの一端を担う。その意義は「当事者性」だと竹下氏は言う。

「今の変化のスピードは、学校の先生だけでは対応しきれないと思うんです。ちょっとしたスキルがある人、それを求めている人をマッチングできる土壌があれば、人材の掘り起こしとともに、リソース不足を補うことができるのではないでしょうか」(竹下氏)

こうして地域住民の手によって大切に育てられてきたプログラミングクラブは、20年に大きな転機を迎えることになる。コロナ禍によって、集まって開催することが難しくなったのだ。3月と4月にオンラインで開催したが、参加者は激減。その理由を竹下氏はこう分析する。

「パソコンやWi-Fiがないご家庭も多いようです。また、3〜4月の段階ではオンライン会議ツールに慣れていない大人も多く、オンラインで開催してもアクセスするのが難しかったようです」(竹下氏)

地域の枠を超えた「オンライン部活」の誕生

そんな中、2人が新たに始めたのが、「オンライン部活」の支援だ。きっかけは、QUESTの参加者だった男子高校生との会話だ。以前から「高校生になったらQUESTのサポーターをやってみたい」と話していた子だった。

「しかし、彼が高校に入学したのがちょうどコロナ禍だったんです。『高校でパソコン部に入ったものの、活動が制限されていて集まれないし、わからないところを聞く人もいない』と話してくれて。もしかしたら、同じような思いを持つ中高生がいるかもしれない。そう思い、オンライン上で中高生が集まれる『デジタル創作部』を開くことにしました」(鈴木氏)

参加者は、毎週1回オンライン上につくったルームに集まる。つまり、オンライン部活。その運営をNPO法人が行うことで、安心して参加してもらおうというものだ。

ただし、活動の主体はあくまでも中高生で、大学生も数人参加している。竹下氏と鈴木氏はQUESTのときと同様に、コーチという立ち位置だ。

時間になったらオンライン上で集まるが、参加者はそれぞれにデジタルツールで創作活動を行っている。アプリ上で実在の駅を緻密に再現している子もいれば、競技プログラミングの過去問題を解いている子もいる。それぞれの活動の様子は、画面を通して共有できる。

ゲームや作品作りは1人でもできるが、デジタル創作部では情報交換や作品を見せ合ったりと、違う学校の人とも交流ができる。学校や家庭とは違う、もう1つの「居場所」がそこにある。行動が制限されがちなコロナ禍で、そうした居場所があることは中高生にとって大きな意味があるといえるだろう。

デジタル創作部では、週に1回オンライン上で集まって情報交換や作品を見せ合う

週に1回、中高生を中心としたメンバーがオンライン上で集まるデジタル創作部。竹下氏と鈴木氏はコーチという立場でサポートする。

「QUEST出身の子がきっかけだったこともあり、参加者は墨田区近辺の子が多いのですが、それ以外の子もいます。オンラインのよさは遠くに住む人ともつながれること。いろいろな地域に住む中高生、大学生が交流することで、『うちの地域でもこんなことができる』と参加者が自ら居場所を広げていってくれたらいいなと思っています」(鈴木氏)

地域の大人たちの当事者意識から発展した、子どもたちの新たな居場所。ライフスタイルや学びのあり方そのものが大きく変わる今、学校と地域との関わり方も変わり始めている。学校や家庭以外の「居場所」は、これまでとはまた違った学びを子どもたちに提供してくれることだろう。

(文:吉田渓、写真:すべて鈴木氏提供)