子どもが科学に興味を持つ接点をいかに多くつくるか

五十嵐美樹さんは、上智大学を卒業後大手電機メーカーに、エンジニアとして入社。仕事は楽しかったものの、やはりもともと好きだった科学を仕事にしたいと考え、会社が休みの週末を利用して、ショッピングセンターなどで子ども向けの科学実験ショーを始めた。

科学を身近に感じてもらえるような工夫をしている  

「サイエンスショーを始めたばかりの時のことは思い出したくもないくらいです(笑)。飛び込みでショッピングセンターに営業をし、その一角を借りて、ひたすら実験を子どもたちに披露するということを繰り返していました。

ただ実験を見せるだけでは、人が集まらないし足を止めてもらえない。科学を学ぶことを目的とした子供たちが集まる場などでやるサイエンスショーであれば、それでも見てもらえたのかもしれません。しかし科学にそれほど関心がなく、買い物に来て偶然サイエンスショーに触れた子どもたちの興味を引き、楽しんでもらうためにはそれだけではいけないと気づきました。

どうしたらいいのか。過去の自分をイメージし、どういう見せ方をすれば子どもだった頃の自分が興味を持つのか想像しながら、試行錯誤したことを覚えています」

ただ実験をするだけではなく、そこに自分の表現を加える必要があると気づいた。そこで思いついたのが、得意な「ダンス」と「科学」を掛け合わせた、まったく新しいサイエンスショーの演出だったという。YouTubeチャンネル「ミキラボ・キッズ」でも、「ダンス」と「科学」を掛け合わせた動画が人気だ。

その後、2015年には大手電機メーカーを退社し、サイエンスエンターテイナーとして本格的に活動を開始し、日本全国で科学実験教室を展開していった。

「中学生の頃、先生が授業でプリズムを使い、太陽光が色ごとに分かれる実験を見せてくださったんです。それだけを見てもピンとこなかったのですが、『これが虹の原理である』という先生の言葉を聞いた途端、『これが虹なんだ!』と急に視界が開けて、科学が自分の中に入ってきたんです。難しくて遠いことだと思っていたことが、身近に感じられた瞬間、むくむくと興味が湧いてきた。その経験から、サイエンスショーのコンテンツ内容を考える際には、子どもたちが科学に興味を持つ“接点”をいかに多くつくることができるか、にこだわっています」

失敗を避けるのではなく、許容する環境を整える

子どもたちは実験をしながら、驚くほどたくさんの仮説を立てる、と五十嵐さんは続ける。時には、大人が考えられないような疑問をぶつけてくる子どもたちに、あえてすぐには答えを教えないことも多いのだという。

科学の実験教室をきっかけに、子どもたちの科学への興味の扉が開く瞬間をたくさん見てきた

「すべての原理を私が教えてしまうのでは、仮説から検証するという貴重な機会が失われてしまいます。せっかく自分なりの仮説を持ったのだから、失敗してもいいので、とにかく実験してみるように促します。

安全な範囲内で、とりあえずやらせてあげて、失敗させてみる。子どもたちに必要なのは、失敗しないようにやらせないことではなく、失敗を許容する環境を整えてあげることだと思っています」

一度失敗させることで、自分の仮説と実験結果の隙間を埋めるための、次なる一手を子どもたちが自分の力で考える力が身に付くのだという。仮説を立て、実際にやって、失敗する。ひたすらそれを繰り返すことで、「科学的思考」が育まれる。これが五十嵐さんが実践する、「科学を通じた子どもとの対話」だ。

オンラインだからこそ生まれる面白さ

新型コロナウイルスの影響でワークショップなどのイベントが中止になる中で、オンラインサイエンスショーという新たな取り組みをスタートさせたが、最初は戸惑いもあったのだという。

対面で展開するサイエンスショーでは、大きい動きに子どもたちは引きつけられる
オンラインのサイエンスショーでは、身近なテーマに加え、画面で綺麗に見えやすい実験が人気という

「すぐに、オンラインでウケるコンテンツと、オフラインで楽しめるコンテンツは違うということに気がつきました。例えば、オフラインである、対面のサイエンスショーでは巨大風船を割る実験が臨場感もあって、非常に子どもたちの感情を動かすことが多い。しかし、同じことをオンラインでやっても怖いのは私だけ。子どもたちは私の反応を見て、自分が楽しむか楽しまないか、判断するというふうになってしまいます」

試行錯誤を繰り返し、オンラインのサイエンスショーだからこそ表現できる面白さにも気がついた。「私一人が実演するのではなく、家にあるものをそれぞれ用意してもらって実験を行うので、準備できるものが各家庭で違う。つまり、実験の条件が微妙に違うということです。それによって生まれるいくつもの偶然が、同一の条件で実験をするときと違い、子どもたちの議論を生むことになる。これは一度に大勢がさまざまなスタイルで参加できるオンラインならではの面白さだと感じています」。

「将来、何になりたい?」と聞かれたら……?

今までにない職業をつくり出している五十嵐さんだが、子どもの頃、「将来何になりたい?」と聞かれるたびに違和感を感じた、と話す。

「そのように問われると、子どもは、今自分が楽しいと感じていること、好きなことを答えるのではなく、何らかの職業名で答えざるをえなくなるのではないかと考えています。それはすでにある職業名に、自分のやりたいことを無理やり当てはめることになり、自分自身をラベリングして、自分の可能性を狭めることになりかねないのでは、と思っています。

これからの子どもたちが大きくなる頃には、今は存在しない、新しい価値を持つ仕事をすることも多くなるでしょう。大事なことは、自分の得意なことや好きなことを組み合わせて新しい価値をつくり、それが求められる場所を探しにいくということだと思います」

五十嵐さん自身は、「将来何になりたい?」と聞かれるたびに、「うーん、エンジニアかな……?」と答えていたという。「そして気がついたら、いつの間にかエンジニアになっていました。本当は、科学も好きだし、科学と同じくらいダンスも好きだったんですが、その2つを組み合わせたような職業は、当時はなかった。でもこれからはどちらかを仕事にし、どちらかを諦めて趣味にするのではなく、好きなことをいくつでも掛け合わせて仕事にできる時代がくると思います」。

自分の得意な科学とダンスを掛け合わせて、サイエンスエンターテイナーという新たな職業を生み出した五十嵐さん。もちろん、最初から順風満帆だったわけではない。そこでも「科学的思考」を役立てた。自分で書いた企画書を持って、何度も飛び込みで営業に行き、フィードバックを集めて分析を重ね、改善をしていく。これは、まさに生きる科学実験だ。

「仮説を立ててやってみて、失敗したら何が悪かったのかと自分なりにフィードバックする。人生のすべてが、『科学的思考』の繰り返しだと思っています」

日本の子どもたちにSTEAM教育が必要な理由

OECD(経済協力開発機構)が15歳を対象に行っている国際的な学習到達度調査、PISA(ピサ Programme for International Student Assessment)の2018年度調査では、日本の科学的リテラシーと数学的リテラシーの点数は、諸外国と比較してもトップレベルだった。しかし、科学や数学を楽しいと感じる、何かの役に立つと考えている子どもの割合は少ない傾向にあるという。勉強はできるし、知識として知ってはいても、どうやってそれを実生活で使い、役立てていいのかがわからない。学校で習っていることが世の中とどうつながるのかという接点を見いだせない子どもが多いのではと、五十嵐さんは語る。

「原理原則はもちろん大事ですが、その勉強の先、自分が身に付けた学びの力でどのような世界が広がっていくか見せる必要があると感じています」

社会の中で科学が活用されている場面は非常に多い。ただ、科学がどのように応用されて、社会に必要とされているのか。環境や文化も含めて、どのような影響を与えているのか。これは現在、五十嵐さんは東京大学で研究している科学コミュニケーションにもつながっている。「これからは、子どもたちが科学に出合うきっかけをつくり、科学を楽しんでもらうという助けになるような活動がしたい」。

学校外の時間を使って、より多くの子どもたちにSTEAM教育のプログラムを体験してもらえる環境をつくるのが、これからの五十嵐さんの目標だ。五十嵐さんが米国での学びや日本の活動の中で体験してきた経験、知識を組み合わせたSTEAM教育のプログラムを作り、それを多くの子どもたちに体験してほしいのだという。

「子どもたちが、何でだろう、どうしてだろうと、自ら疑問を持って、自分自身で仮説を立てると、本当に、顔が生き生きと輝き出すんです。私ができるのは、そのきっかけづくりだけ。一人でも多くの子どもたちが科学の楽しさに気づき、科学的思考を持てるよう、お手伝いができたらと思っています」

※Science(科学)、 Technology(技術)、 Engineering(工学)、Arts(デザイン、感性等)、Mathematics(数学)の各教科での学習を実社会での課題解決に生かしていくための教科横断的な教育

五⼗嵐美樹(いがらし・みき)
上智大学理工学部機能創造理工学科を卒業後、エンジニアとして東芝に入社。1年半で退社し、サイエンスエンターテイナーとして活動を開始。科学の面白さを伝えるための科学実験教室とサイエンスショーを全国各地で開催。東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程に進学、科学コミュニケーションを専攻。2020年に修士課程を修了後、同大学の客員研究員に就任。サイエンスショーで人気の高かった科学実験や工作を配信するYouTubeチャンネル「ミキラボ・キッズ」を配信中

(写真はすべて五十嵐美樹氏提供)