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台湾・賴清德総統は「双十節」の演説になぜ聖書の言葉を選んだのか?ケネディ、レーガンとの接点と知られざる宗教的背景

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2020年10月10日、建国記念日に当たる双十節で演説する賴清德総統(写真:2026 Bloomberg Finance LP)

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「山の上の町、地の塩、世の光」。台湾の賴清德総統が2026年10月10日の双十節演説に掲げた言葉は、新約聖書に由来する。なぜ宗教的な言葉を国家の将来像に重ねたのか。

台湾総統府は、アメリカのケネディ、レーガン両大統領が用いた政治的表現を意識したことを明らかにした。さらに背景をたどると、賴氏自身が経験した暴行事件とキリスト教の「赦し」の教え、台湾の民主化を支えた長老教会との関係が浮かび上がる。

双十節演説のタイトルは聖書からの引用だった

台湾の賴清德総統が10月10日、双十節(中華民国の国慶節)の記念式典で行った演説には、これまでとは異なる特徴があった。演説のタイトルに、キリスト教の聖書から引用した言葉を使用した。タイトルは「臺灣 山巔之城、地上的鹽、世上的光」。日本語では「台湾:山の上の町、地の塩、世の光」と訳せる。

一見すると文学的な表現だが、キリスト教徒にとってはなじみ深い言葉だ。いずれも新約聖書の『マタイによる福音書』第5章に登場する。同章には、イエス・キリストが弟子たちや群衆に語ったとされる「山上の説教」が収められている。

5章13節でイエスは弟子たちに「あなたがたは地の塩である」と語る。塩には食物の腐敗を防ぎ、味を引き立てる役割がある。キリスト教では、信仰者が社会の中で誠実に生き、周囲によい影響を及ぼす使命を表す言葉として理解されてきた。

続く14節では「あなたがたは世の光である」と語り、さらに「山の上にある町は、隠れることができない」と説く。「世の光」は、暗闇を照らす光のように、人々に希望や道しるべを示す存在を意味する。

「山の上の町」は、人々の目に見えるところに存在し、その行動や共同体のあり方を通じて周囲に影響を与えるという比喩である。つまり賴総統は、聖書の同じ章に連続して登場する3つの表現を、演説のタイトルに組み込んだのである。

では、なぜ台湾の総統が国家の将来像を語る場で、キリスト教の言葉を選んだのだろうか。演説当日の10月10日、台湾の主要メディアが、その理由について総統府関係者の説明を相次いで報じている。

台湾の中央通訊社(CNA)は10月10日午後、「総統府関係者:『山の上の町』は聖書に由来、ジョン・F・ケネディ(1917~63年)、ロナルド・レーガン大統領(1911~2004年)も引用」と報じた。総統府関係者は、今回の3つの表現が『マタイによる福音書』第5章に由来することを明確に認めた。

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