そのうえで、塩には調和と保存の役割があり、光は人々に進むべき方向を示し、山の上の町は隠れることができないため、つねに人々の目にさらされる存在だと説明した。3つの表現は、それぞれが独立した比喩ではない。互いに関連しながら、社会に対する責任と、その責任を実践することの重要性を示しているという。
さらに注目されるのは、総統府関係者が今回の演説について、「賴総統は国際的に広く認知されているこの一連の表現を借りて、台湾がどのような国家を目指すのか、そして世界に対してどのような責任を担う意思があるのかを提示した」と説明したことだ。
つまり、今回の聖書引用は、台湾の国家像を国際社会に伝えるために意識的に選ばれた政治的表現だったというのが、総統府側の説明だ。
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