「まずは人口が増えますよね。小学校も足りなくなるんじゃないかって話をする地元の人もいます。若い人はあぶらっこいものが好きでしょう。だからここらへんのホルモン屋、焼肉屋はこれからも繁盛するんじゃないですかね。そう期待してます(笑)」(金さん)
ただのコリアンタウンではない
今後、新しい住民が増えてくると、この地がコリアンタウンであることが、住民の意識から薄れていくことになるだろう。三河島という街の特色が薄れるという寂しさもあるが、コリアンと日本人の垣根が低くなるということでもある。
前出、元民団新聞記者の鄭眞一さんは、取材を通して在日韓国人と日本人の交流を見つめてきた。鄭さんは、在日本大韓民国民団(民団)の掲げる5つの綱領を緒(いとぐち)に、こんな話をしてくれた。
「5つの綱領の4番目は“我々は韓国と日本の友好親善を増進し、日本地域社会の発展に寄与する”というものです。在日韓国人としての歴史や文化を大切にしながら、日本社会とも密に交流していく。三河島にはそうした歴史があります」(鄭さん)
今でも思い出すのが、1998年11月に行われた「第2回焼肉フェスティバルinあらかわ」だ。
「三河島を中心に、荒川区は焼肉店の街といってもいい。街興しのために、この文化をアピールするのが狙いでした。会費は500円で焼肉が食べ放題です。もちろん、在日韓国人だけでなく地域に暮らす日本人もたくさん来場しました」(鄭さん)
教育の現場での交流も見逃せない。
「三河島駅近くにある峡田小学校(荒川区荒川3-77-1)には多くの在日韓国人の児童が通っていました。2000年に多文化体験授業の一環として韓国民俗体験なども行われました」(鄭さん)
こうした歴史の上に、今の三河島があるわけだ。最初は、コリアンタウンと呼ぶには地味な街だと思った。けれど、店の人たちの話を聞くと、看板だけでは見えなかった歴史が浮かび上がってきた。海を渡ってきた人が店を開き、その子どもが味を継ぎ、日本人も買い物に訪れる。これからタワマンに暮らす人も、その輪に加わるのだろう。
都内最古のコリアンタウンは、昔を保存するだけの街ではない。新しい住民を迎えながら、人と人との付き合いを重ねていく。その先の三河島も歩いてみたいと感じた。


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