ただアメリカ人には、アメリカ人の寂しさも感じます。日本人のような依存する集団がないために、普段の他者とのつながりが低いのです。だからこそ、家庭というつながりや、教会で神に見守られることを求めているように思います。アメリカのキリスト教は、強力なコミュニティなのです。
アメリカ人は、批判に対してものすごく強いところもあります。コテンパンに敗れても、自分は神の恵みを受けているという支えがありますし、非を認めて悔い改めれば、神はまた歓迎してくれるという文化があるために、間違いや失敗は悪いことではないのです。
またアメリカの場合、提案は、相手のためにするものです。一方、日本で誰かに「もうちょっとこうしたら?」と提案すると、批判しているように受け取られて、関係が悪くなってしまいます。
たとえ提案したことがうまくいってもいかなくても、「提案を受け入れた君の判断だ」となるのがアメリカですが、日本の場合は、その後どうなったのかを返さなければならないという相互関係文化があるために、他者への提案は気軽にできません。
「集団主義・個人主義」では日米の違いは説明できない
パイオニア精神の高さは、アメリカ的な心理です。そもそもアメリカは、イギリスから移住した挑戦的な人々だけで始まった国ですから、遺伝子プールの起源そのものが日本人とは違うのでしょう。
しかし、日本人もアメリカへ行けば、すごく挑戦的になることがあります。環境が人を作るからです。いろんな心を持っていて、環境によって使い分けているのです。
いろいろな国で、産業の在り方とビジネスにおける人間関係の流動性などの指標を掛け合わせて分析すると、他者をどのように信頼するかという心理アンケートの結果と非常によく一致することもわかっています。
実は、見知らぬ人を助ける頻度は、アメリカ人のほうが高いのです。日本は集団主義と言われるのに、なぜ助けないのか。見知らぬ人を「集団外の人」と思うからです。旧来の「集団主義」と「個人主義」という理解では、こうした違いをうまく説明できませんでした。
しかし今では、関係流動性の非常に高いアメリカと、非常に低い日本という違いから、日米の文化差を学術的にかなりクリアに説明できるようになっています。
アメリカは「個人先行」で、個人の利益を追求する過程で必要な
(構成:泉美木蘭)


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