その問題を知った又吉氏は、シンプルに「やってみたい」という気持ちから手を挙げた。今になって振り返ると「若気の至り」だと振り返る。
もちろん勝算もあった。銀行員として石垣市内の支店で働いていたため、石垣空港に国際線が戻ることが、地域経済にどれほど大きなインパクトをもたらすのかを深く理解していたのだ。
事業をやると決めたのは2023年8月。2024年3月に「ケイトマン・ザ・スカイ」を設立し、29歳にして約2億円を借り入れた。
「失敗しようが何しようが、これが成功したら100億規模の経済的なインパクトを地元に生むことができます。自分の首一つでそれに賭けることができるのなら、最大限かけてみようと思いました」
妻子のために生命保険も増額。「死ぬ気で頑張る」と腹をくくった。ところが、融資された約2億円はあっという間に設備費などに消えていった。
気がつけば、財布に残っていたのは1000円。コンビニでコピーするお金にも困り、チラシは白黒で印刷した。査定額230万円だった愛車も、一刻も早く現金が必要だったため知人に120万円で売った。
走りだしたらもう、後戻りはできなかった。
「明後日に、韓国まで来られますか?」
会社設立後はグランドハンドリング業務を行えるように取り組むと同時に、一度途絶えた国際線をどうにかして誘致しなければならない。
そこで又吉氏がとった手段は極めて地道だった。那覇空港に並ぶ海外航空会社のカウンターを、ひたすら訪ねて回ったのだ。


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