ご相談ありがとうございます。筆者は教育現場に身を置いて38年、毎年およそ3000人規模の個別相談を受けてきましたが、頑張っている親御さんほど「両立疲れ」という同じ袋小路に迷い込んでいる印象があります。
そして、その原因は努力不足でも能力不足でもありません。「両立」という言葉そのものが、苦しみを生み出している——これが筆者の結論です。
「心と身体は別物」デカルト以来の「二元論」が親を縛る
「両立」という言葉の背後には、「二元論」という思考の枠組みが潜んでいます。二元論とは、物事を「AかBか」「善か悪か」「白か黒か」と二つに分けて捉える思考法です。哲学史を振り返ると、近代西洋思想の出発点に立つデカルトが「心と身体は別の実体である」と論じた、いわゆる「心身二元論」が、この発想の象徴的な源流とされています。
もともと、日本の伝統的な思想は「一元論」に近いものでした。心と体、自然と人間、神と人——これらを切り離さず、一つの大きな調和の中で捉える感性が根底にありました。「身体知」「腹で考える」「肚を据える」といった日本語の表現が、その名残です。
ところが近代以降、私たちは西洋的な二元論を急速に取り入れました。仕事と家庭、公と私、勉強と遊び、オンとオフ——あらゆるものを二つに切り分けて考えるようになったのです。
分けたほうが管理しやすいし、効率もいい。それは確かにそうかもしれません。しかし、その代償として、私たちは「分けたものをどう両立させるか」という、終わりのない難題を抱え込むことになりました。


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