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キャリア・教育 #ぐんぐん伸びる子は何が違うのか?

「仕事と子育て、どっちも中途半端だ」と悩む親が抜け出せない"白か黒か"二元論のワナ…苦しさの原因は「両立疲れ」だった

6分で読める
子供をみながら在宅勤務をする30代の男性
仕事と子育ての両立疲れ。実は「両立」という言葉が原因かもしれません(写真:jessie/PIXTA)
  • 石田 勝紀 教育デザインラボ代表理事、教育専門家

INDEX

【質問】
中学2年生の息子がいる母親です。仕事の時間と家庭の時間、自分の時間と子どもに使う時間——それぞれをどう配分するかで毎日頭がいっぱいです。仕事と子育てをうまく両立させたいのに、どちらかを優先するともう一方がおろそかになり、罪悪感ばかりが残ります。何もかも中途半端で、心が休まるときがありません。どうすればいいでしょうか?
(中学生保護者)

ご相談ありがとうございます。筆者は教育現場に身を置いて38年、毎年およそ3000人規模の個別相談を受けてきましたが、頑張っている親御さんほど「両立疲れ」という同じ袋小路に迷い込んでいる印象があります。

そして、その原因は努力不足でも能力不足でもありません。「両立」という言葉そのものが、苦しみを生み出している——これが筆者の結論です。

「心と身体は別物」デカルト以来の「二元論」が親を縛る

「両立」という言葉の背後には、「二元論」という思考の枠組みが潜んでいます。二元論とは、物事を「AかBか」「善か悪か」「白か黒か」と二つに分けて捉える思考法です。哲学史を振り返ると、近代西洋思想の出発点に立つデカルトが「心と身体は別の実体である」と論じた、いわゆる「心身二元論」が、この発想の象徴的な源流とされています。

もともと、日本の伝統的な思想は「一元論」に近いものでした。心と体、自然と人間、神と人——これらを切り離さず、一つの大きな調和の中で捉える感性が根底にありました。「身体知」「腹で考える」「肚を据える」といった日本語の表現が、その名残です。

ところが近代以降、私たちは西洋的な二元論を急速に取り入れました。仕事と家庭、公と私、勉強と遊び、オンとオフ——あらゆるものを二つに切り分けて考えるようになったのです。

分けたほうが管理しやすいし、効率もいい。それは確かにそうかもしれません。しかし、その代償として、私たちは「分けたものをどう両立させるか」という、終わりのない難題を抱え込むことになりました。

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