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「道頓堀は様変わりした」
大阪屈指の歓楽街・道頓堀。しかし近年、地元では街の変化を指摘する声が頻繁に上がるようになった。いったい今、何が起こっているのか。
最後の劇場「大阪松竹座」閉館が意味する“街の終焉”
南海電気鉄道・なんば駅から御堂筋を北へ約600m。道路の右手に、精肉店であり、すき焼き店でもあり、レストランなども併設している「はり重道頓堀本店」のモダンな和洋折衷の建物が見えてきた。同店を角にして御堂筋と交差する道頓堀筋を右に曲がると、姿を見せるのが「大阪松竹座」である。
大阪松竹座は、1923年に日本初の鉄筋コンクリート造の洋式劇場としてオープン。当初は映画と演劇、松竹楽劇部(現・OSK日本歌劇団)のレビューなどが上演されていたが、戦後は映画のみとなり、1997年には歌舞伎や新劇、ミュージカルやコンサート、落語会も開かれる劇場として生まれ変わった。
そんな大阪松竹座も2026年5月26日に閉館。前年の8月に閉館のニュースが広まると、惜しむ声が上がる。それは、単に長く親しまれた劇場がなくなるということだけではなく、道頓堀に劇場がなくなるという事実が、道頓堀界隈のみならず、大阪の文化史に大きな意味をもたらすからだ。
その意味を説明する前に、道頓堀の歴史をさかのぼってみたい。


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