有料会員登録 東洋経済オンラインとは
ライフ

「道頓堀から"大阪人"が消えた」 インバウンド急増の陰で進む「芝居の街」の終焉…大阪屈指の歓楽街に今起こっていること

10分で読める
道頓堀
道頓堀を歩くと、日本語よりも外国語のほうが多く聞こえてくる(写真:筆者撮影)
  • 歯黒 猛夫 ライター、出版コーディネーター

INDEX

「道頓堀は様変わりした」

大阪屈指の歓楽街・道頓堀。しかし近年、地元では街の変化を指摘する声が頻繁に上がるようになった。いったい今、何が起こっているのか。

【記事中にない写真もこちらから】「こんなところにいたんか」道頓堀の“超有名人”《「くいだおれ太郎」の現在》(16枚)

最後の劇場「大阪松竹座」閉館が意味する“街の終焉”

南海電気鉄道・なんば駅から御堂筋を北へ約600m。道路の右手に、精肉店であり、すき焼き店でもあり、レストランなども併設している「はり重道頓堀本店」のモダンな和洋折衷の建物が見えてきた。同店を角にして御堂筋と交差する道頓堀筋を右に曲がると、姿を見せるのが「大阪松竹座」である。

創業100年を超える老舗「はり重道頓堀本店」(写真:筆者撮影)
“道頓堀の凱旋門”とも呼ばれ、大阪空襲にも耐えた「大阪松竹座」。間近で見ると、その重厚感が伝わってくる(写真:筆者撮影)

大阪松竹座は、1923年に日本初の鉄筋コンクリート造の洋式劇場としてオープン。当初は映画と演劇、松竹楽劇部(現・OSK日本歌劇団)のレビューなどが上演されていたが、戦後は映画のみとなり、1997年には歌舞伎や新劇、ミュージカルやコンサート、落語会も開かれる劇場として生まれ変わった。

そんな大阪松竹座も2026年5月26日に閉館。前年の8月に閉館のニュースが広まると、惜しむ声が上がる。それは、単に長く親しまれた劇場がなくなるということだけではなく、道頓堀に劇場がなくなるという事実が、道頓堀界隈のみならず、大阪の文化史に大きな意味をもたらすからだ。

その意味を説明する前に、道頓堀の歴史をさかのぼってみたい。

2/6 PAGES
3/6 PAGES
4/6 PAGES
5/6 PAGES
6/6 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

ライフ

人気記事 HOT

※過去1ヶ月以内に配信した記事の閲覧数