今や世界最長の高速鉄道網を持つに至った中国の鉄道。現在は数多くの日本人旅行者が訪れ、中国の鉄道に関心のあるファンも多いと聞く。だが、終戦直後生まれの筆者にとって、中国の鉄道は長らく「未知の憧れの世界」であった。かつては国交がなく、自由に列車で旅をするなどは夢のまた夢だったためだ。
1972年に日中の国交が正常化してからもしばらくは鉄道の撮影は難しかったが、1980年代に入るとそのチャンスが訪れた。すでにヨーロッパの鉄道など海外の鉄道を取材していた筆者は、風景も人々もどこか郷愁を誘う当時の中国の鉄道にのめり込んだ。
今回は、急激な発展を遂げた今では見られないであろう「1980年代の中国の鉄道」の記録を振り返ってみたい。
「未知の世界」だった中国の鉄道
初めて中国を訪れたのは1980年の夏だった。筆者が当時記事を執筆していた鉄道雑誌『鉄道ジャーナル』社による中国鉄道旅行が主催され、それに参加したのである。
今では中国にも鉄道ファンは少なくないようだが、当時はまだ鉄道の写真を撮りたいマニアがいるなどとは想像もつかなかったであろう時代だ。だが、この旅行は当時の中国の鉄道当局の協力を得ていたため、当時の国情からどうしても制約はあるものの、列車や鉄道施設内での撮影はかなり自由に行うことができた。

