初めて訪れた際に感じたのは、不思議な懐かしさだった。1980年代初頭であるから今から40年以上前だが、当時すでに日本では見られなくなっていた昔ながらの「汽車の旅」や街、そして人々の姿があった。日本ではすでに姿を消していた蒸気機関車もまだまだ現役だった。情報としては知っていても、実際に目の当たりにすると大陸を走る大型の蒸気機関車の迫力は圧倒されるものがあった。
代表的な形式は「前進型」で、全長約26~29m、全高約4.8mという巨大な機関車であった。貨物用として造られたが旅客列車も牽引していた。これが北京近郊の「万里の長城」で知られる八達嶺付近の急勾配を煙を噴きあげてやってくるさまは、いかにも大陸の鉄道らしい迫力だった。一回り小さい「建設型」も活躍していた。
写真撮影で「日中友好」
この際の旅は中国側の協力によるツアーのため一般的な観光も盛り込まれていたが、参加者は筆者も含め中国の鉄道見たさにやってきた人ばかりである。万里の長城観光もそこそこに列車にカメラを向ける日本人集団は異様に映ったであろうが、写真を撮っているとわかると列車の機関士は和らいだ表情を見せ、車窓からは乗客らが手を振ってくれた。
当時の中国の人々は写真好きで、カメラを構えていると多くの人が集まってきた。筆者が持参したポラロイドカメラで撮影して出力した写真を渡すと驚きとともに喜んでくれ、言葉が通じなくても、よい「日中友好」のツールとなった。機関士や鉄道員もいい笑顔を見せてくれる人が多かった。

