最初に訪れたのは中国の東北部が中心であった。戦後生まれとはいえ、筆者の世代には中国、とくに東北部といえば戦争の影は切っても切り離せない。父は兵士として中国大陸に派兵されており、その際に撮ったという旧満州(中国東北部)などの写真を子どものころに見たことがあった。その中には鉄道の写真もあった。
また、戦後すぐの時期は大陸からの引き揚げ者といった人々も多くいた。そんな記憶から、中国には「近くて遠い」という複雑な感慨と、広大な大地を走る鉄道への憧れが交錯していた。その象徴が東北部であり、大連や長春、瀋陽といった都市であった。
旧満鉄「あじあ号」の機関車との出会い
大連は満鉄(南満州鉄道)の起点だった都市で、大連駅は戦前に上野駅を模して設計されたという。駅舎は現在も使用されているが当時も戦前と変わらぬ姿で、路面電車も戦前の車両が走っていた。クリーム色と緑の塗り分けに赤い帯を巻いた姿はかつての名古屋の路面電車そっくりで郷愁を誘った。
初めて中国東北部を訪問した時の驚きは、かつて満鉄が誇った超特急列車「あじあ号」の牽引機関車だった「パシナ型」との出会いだった。

