あじあ号は1934年に登場し、大連―新京(現在の長春)間約701kmを最高時速120kmというスピードで8時間30分で結び、展望車、豪華客室、食堂車を備え、さらに車内はエアコン完備と、当時世界有数の豪華さと俊足を誇った。翌1935年にはハルビンまで延長され、約940kmを12時間30分で走破したが、戦争の激化で1943年には運行を休止し、その後再開されることはなかった。牽引機関車のパシナ型の消息も途絶えてしまった。
だが、1980年の訪問時、瀋陽郊外にある蘇家屯機関区を一行で訪れると、そこには数多くの蒸気機関車の中に特徴ある機関車の廃車体があった。直径2mの巨大な動輪を持つこの機関車こそ、パシナ型の姿であった。
そして、この際の一行の熱望と中国の鉄道関係者の努力が実り、その後の再訪時には、構内をわれわれを乗せた客車を引いて走った。感慨深い瞬間であった。
灼熱の「シルクロード特急」
1980年代、筆者はたびたび中国を訪れたが、乗車した列車の中で最も印象深いのはなんといっても「シルクロード特急」だ。上海―ウルムチ間約4000kmを3泊4日・81時間かけて走りぬく長距離列車である。
当時日本では、テレビのNHK特集「シルクロード」などが注目されていた時期でもあり、ロマンをかきたてる列車だった。この際も『鉄道ジャーナル』主催の旅行に参加しての取材で、一行のためには特別車両としてエアコン付きの東ドイツ製客車が連結された。

