1980年代当時、中国の鉄道の写真撮影は決して自由ではなかった。特に厳しかったのが、成都と昆明を結ぶ世界でも有数の山岳鉄道「成昆線」である。当時、ここは軍事上の重要路線として兵士がほぼ2kmおきに警戒していると説明されたほどの厳戒態勢で、車窓風景が素晴らしい路線だっただけに悔しい思いをした。
一方で、鉄道当局の協力を得て特別に撮影ができた場所がある。その1つが南京にある「南京長江大橋」である。
南京市に流れる長江を渡る道路と鉄道の2層構造になった長大な橋で観光名所でもあるが、鉄道部分は銃を持った兵士が監視しており立ち入りは禁止だった。だが、特別に「外国人では初」だという撮影許可が下り、われわれ一行は橋の中に立ち入って15分ほど、数本の列車が長大な橋の中を走るさまを撮影することができた。
南部の昆明とベトナム国境を結ぶ狭軌鉄道の昆河線も、外国人の立ち入りを厳しく制限していた路線であったが、乗車と撮影が許可された。ここで発見したのが、日本から渡った9600形蒸気機関車、通称「キューロク」の廃車体だった。戦前に持ち込まれ、異国の地で役目を終えたその姿には、複雑な感慨がこみ上げたものだ。
広大な大陸を駆ける列車への憧れ
中国の鉄道は1980年代当時も非常に乗り心地がよく、初めて乗った際にはその滑るような走りっぷりに驚かされるとともに、さすが大陸の一直線の線路は違うなと感じさせられた。蒸気機関車が第一線で多数活躍していたのも、良質の石炭が大量に産出されるため、エネルギーを有効活用する目的があったという。当時から中国は「鉄道大国」であった。
その広大な国土を走る列車に憧れを抱いて、筆者は1980年代、まだ知られざる部分の多かった中国の鉄道を何度も訪れた。だが、筆者は現在の中国が誇る高速鉄道にはあまり関心を持てずにいる。急激な発展には、焦りにも似た姿勢を色濃く感じてしまうのである。

