しかし全くの未経験。家賃7万円の4畳半、最初は25万円の家庭用ミシンで、1日18時間、起きている時間はほとんど練習に費やす日々でした。一時は口座残高が2158円、お金が尽きる不安に押しつぶされそうになりながら、やがて商品が完成。しかし今度はそれを消費者に「届ける」難しさに直面し、SNSでの発信を試行錯誤していきます。結果、初めての注文が入って大歓喜。その感動は何百億円もの数字を見てきた外銀時代では決して得られないものでした。
こうして始動した“刺しゅう屋”、その後の様子を田中さんの著書『東大卒、年収1100万をやめて刺しゅうをはじめたワケ 冷めたまま働きつづける前に』より一部を抜粋し、ご紹介します(2回にわたって掲載します。本記事は2回目です)
春、桜の下でまだ1人だった
「帰りを待つわんこ」が500万回再生されて、仕事は明らかに動き始めました。注文が入り、フォロワーが増え、数字だけ見れば、事業は軌道に乗っているように見えました。
でも、1人でやっていると数字は増えても、感情の置き場がありません。1000件の温かいコメントがあっても、1件の悪いコメントが、画面の端に刺さった小さな棘(とげ)のように残る。
うれしいことも、怖いことも、全部、自分の胸の中で処理するしかありません。
仕事は動いていました。数字は右肩に上がっている。でも、うまくいったことを一緒に喜べる人も、うまくいかなかったことを一緒に考える人も、そこにはいませんでした。

