通知が来るたびに、少し身構えるようになりました。
良い反応か、悪い反応か。何百万人に届いたとき、その中に1人でも強い言葉を投げる人がいれば、それが記憶に残ります。
1人でやっているときの孤独は、誰もいない静けさではありません。音はむしろ多い。コメントも通知も注文も鳴ります。でも、その音を一緒に聞いてくれる人がいない。
そこが、思っていた以上にきつかったのです。ある春の夜、桜の写真を撮ってインスタのストーリーズにあげました。1行だけ、「来年は、仲間とここに来たい」。
軽く書いたつもりでしたが、かなり重い本音でした。
速く走るほど、景色を見失う
4畳半で始めた仕事が、今は5人で3つのブランドを動かす仕事になりました。
1人のころは、全部を自分で決めていました。誰にも説明しなくていい。戻す必要もない。速さだけで言えば、そのほうが速い。でも、1人で高速道路を走り続けていると、窓の外の景色がだんだん見えなくなります。どこへ向かうかより、いかに速く進むかが先になるからです。
新作のコンセプトを、今はみんなでじっくり話し合います。一見すると、遠回りです。でも、誰かの一言が、自分だけでは見えなかった方向を開くことがあります。
アイデアは誰が出してもいい。そこから話して、削って、最後に私が煮込んでいく。時間をかけることが、深さを生むことがあります。

