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キャリア・教育 #子どもを本当に幸せにする「親の力」

「まだ軍隊式が残っている」甲子園での選手入場、"伝統を重んじるから変えない"ではたしていいのか

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弘前学院聖愛高校。25年は県高野連の方針に従った(写真:東京スポーツ/アフロ)

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まもなく高校野球の全国大会が甲子園球場でおこなわれます。日頃の成果を存分に発揮し、どの選手にもすばらしい経験をしてほしいと思います。

そのような思いの中で、私には以前から気になっていることがあります。それは、開会式の選手入場が未だに軍隊式行進のままでいいのかということです。それについて、日本の歩んできた近現代の歴史を振り返りながら考えてみたいと思います。

国家に奉仕する精神を叩き込む儀式

もともと日本における学校教育は、明治時代の富国強兵・国民皆兵の国策のもとに始まりました。そして大正から昭和初期にかけては、学校で「兵士予備軍の育成」を目指した軍事教練(配属将校による軍事訓練)がよくおこなわれました。

軍事教練では「気をつけ。整列。休め。休め。右向け右、左向け左。回れ右。敬礼。なおれ」などの教練、「立て銃(つつ)。下げ銃。担え銃。控え銃。捧げ銃」などの教練、匍匐(ほふく)前進、突撃訓練、行進などがおこなわれました。行進では、寸分の狂いもない隊列を組みながら腕を大きく振った一糸乱れぬ行進が求められ、それが規律の正しさと愛国心の強さという評価に結びついていました。

つまり、これらの行進は単なる移動手段や身体鍛錬ではありませんでした。それは「個」の消去と「全体」への従属を意味します。寸分の狂いもない隊列を組むことは、個人の感情や価値観を捨てて国家という巨大な集団に奉仕する精神(滅私奉公・忠君愛国)を叩き込むための儀式でした。

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