報道によると、2023年の部内ミーティングで、選手たち自らが「総体やサッカーなど他のスポーツの開会式では手を振っているのになぜ野球だけが違うのか」という疑問を持ち、開会式の要項を確認してルール上問題がないことを確認した上で、24年の県大会から実行に移したそうです。
この入場は全国的に大きな反響を呼び、多くの共感と賛同の声が寄せられました。しかし、青森県高野連は「高校野球の伝統的な入場行進を残すべき」として、今後そのような入場をおこなわないよう学校側に呼びかけ事実上の是正指導をおこないました。理由は、青森県高野連が加盟校にアンケートをとった結果、「伝統維持」を支持する声が多数派だったからです。
全国的には好意をもって受け入れられたにもかかわらず、実際に隣で一緒に行進する立場の他校からすれば、「1校だけ違う振る舞いをすることへの違和感」や「積み上げてきた伝統を崩すことへの抵抗感」のほうが強かったわけです。
しかしその後、聖愛高校野球部は優れたスポーツマンシップを発揮した個人や団体に贈られる「日本スポーツマンシップ大賞2025」(発起人は川淵三郎氏)の「ヤングジェネレーション賞」を受賞しました。受賞理由は「高校野球の入場行進の習慣に疑問を持ち、選手たちが自ら平和的な入場行進を考えた」という点でした。
「伝統だから続ける」でいいのか?
以上、歴史を振り返りながら見てきました。私は、若人が日頃の努力の成果を発揮するハレの舞台なのだから、国民スポーツ大会やオリンピックのように、応援してくれる人たちに笑顔で手を振るなど個性を発揮しながらの入場のほうがいいのではないかと考えます。
軍事教練を土台にした軍隊式行進にどんな教育的意義があるのでしょうか? 価値観や社会のあり方が激変して、個人の個性や主体性や創造性が求められるこの時代に、伝統だから続けるという思考停止のままでいいのでしょうか? 軍隊式行進は、個性や主体性や創造性を押しつぶす価値観の象徴ではないでしょうか?
聖愛高校は勇気あるファーストペンギンであり出る杭でした。こうしたファーストペンギン(出る杭)が日本のあらゆる場で求められています。出る杭を打っていたのでは日本は衰退の一途です。読者の皆さんはどう思いますか?

