そこで弁当用にレシピを一から見直した。甘酢ダレには粘度を持たせ、鶏肉をコーティングするように絡める。甘みも強くし、ご飯と一緒に食べた時に最もおいしく感じられる味を追求した。タルタルソースには酸味をしっかり残し、時間が経っても味の輪郭がぼやけないよう工夫している。
「居酒屋の塚田農場で提供するチキン南蛮とは、もはや別の料理として開発しています」と森尾さん。
こだわりは主役のおかずだけではない。弁当の土台となるご飯には、秋田県大潟村産の「あきたこまち」を使用している。冷めてももっちりとした食感を保ちやすく、弁当に適しているためだ。精米や保管を担う企業とも連携し、炊き上がりだけでなく、時間が経った後の品質まで見据えて管理している。
玉子焼きも手作りにこだわる。機械で大量生産された玉子焼きは、冷めるとパサつきやすく、風味も落ちやすい。使用するのは、APHDの他の業態でも使用している、提携農場から直接届くこだわり卵「塚だま」だ。鮮度抜群かつ、黄身の色が濃く栄養価の高い卵で、しっとりとした濃厚な味わいが特徴。冷めても存在感を失わない。
すべては「できたてに近づけるため」ではなく、「冷めた状態で最もおいしい弁当」をつくるためだ。試食も必ず、時間が経った状態で行う。それが森尾さんの鉄則だ。
食卓の記憶と、飲食の現実
森尾さんと話していると、「食」への思いの強さがたびたび顔をのぞかせる。その要因について尋ねると、子ども時代のこんな記憶を語ってくれた。
「両親は共働きでしたが、祖母と母がいつも手料理を作ってくれていました。温かいご飯が食卓に並ぶのが当たり前の環境で育ててもらいました」
20代の頃には、独立した先輩の飲食店を手伝った経験もある。当初は勢いもあり、店は順調にスタートした。しかし、飲食経営のノウハウが十分にないまま事業を進めたことで、好調だったのは最初の1年ほど。やがて経営は行き詰まり、店を続けることの難しさを目の当たりにした。
「飲食って全然簡単じゃないんだなと思いました」
食材や料理がおいしいだけでは店は続かない。仕入れ、人材、資金繰り、集客。さまざまな要素がかみ合わなければ経営は成り立たない。その現実を痛感した経験だった。

