「お母さん」であり「看板娘」でもある文江さんも70代を迎えた。死ぬまで店に立つのが目標だが、あとどれくらい続けられるか考えることもあるという。いつかはやはり、円さんに店を継いでもらいたいのだろうか? 円さんもいる前で尋ねると、文江さんはこくりと頷いた。
「そうですね。娘にお料理を覚えてもらって、やってほしいっていう思いはありますよ」
それを聞いて円さんは、「どうでしょう」と答える。ひょっとこのメニューは、文江さんが長年の感覚で調理をしてきた。レシピ化されていないため、簡単に覚えることはできない。しかも円さんは現在、小さなお子さんの育児中でもあるため、なかなか料理修行に時間を割けない事情があるのだ。
「どんな形でも残したい」という娘の決意
だが、ひょっとこを残すことは決意している。
「今のようなメニューや味は、ちょっと難しいかもしれません……が、ひょっとこが食事処のままなのか、お弁当屋さんになるのかわからないですが、どんな形でも残したいとは思っています。でも、母が今倒れちゃったら、ひょっとこが終わっちゃうから、もうちょっと母には頑張ってもらいたいですね」
それを聞いた文江さんは、「じゃあ、頑張らなきゃね」と微笑んだ。
取材は16時から始まり、文江さんや円さんは仕込みなどの開店準備をしながら、たくさんの話を聞かせてくれた。その間に、できあがった煮物などが次々とカウンターに並ぶ。ついビールを注文したくなるのを我慢する。
間もなく、開店時間の17時30分だ。今夜もひょっとこには、さまざまな人が訪れるのだろう。おなかを満たしたい人、一杯やりたい人、お母さんと話したい人、店の雰囲気に浸りたい人。
これまでも、そしてこれからも、歌舞伎町にある小さな食事処は、人々のおなかも心も満たし続けていく。

