ひょっとこの隣にあった、越後料理の店で働いていた文江さんは、20歳のときに茂さんと出会う。
「彼は店がちょっとヒマになると、路地に出てタバコ吸っていたんですよ。私が帰ろうとすると、声をかけられて、口説かれた(笑)。22歳で結婚しました」
当時のひょっとこの営業時間は、ランチタイムと18時~翌2時。食事処でありながらお酒も飲める、現在と同じスタイル。客層は歌舞伎町らしく、ヤクザやホスト、水商売の女性、客引き、近隣の飲食関係の人が多かったという。
血の気の荒い客も多かったが、気の強いおばあちゃまに叱られることを恐れて、店内で揉め事はなかった。代わりに、店の外で取っ組み合いをし、血だらけになって戻ってきた客もいたそうだ。
北島三郎、由美かおるらが愛した「名物のり弁」
名物の「のり弁」を考案したのは茂さん。最初は近所のキャバレーやクラブから、ときどき注文が入るくらいだったが、近くの雀荘に来ていた北島三郎さんが注文するなどして、徐々に人気に。コマ劇場で公演がある際は、北島さんや由美かおるさんなどが楽屋弁当として注文するようになった。その味を気に入った由美さんは、店にもよく来店していたという。
のり弁には松、竹、梅がある。いずれも魚や玉子焼き、煮物やマカロニサラダや漬物などたくさんのおかずがあり、竹にはエビやウインナーが、松にはさらにクリームコロッケや多種の副菜が加わる。北島さんらが頼むのはもちろん松だ。
ちなみに値段は、松が2160円(税込み、以下同)、竹1700円、梅1380円となっている。弁当としてはお高めだが、内容の充実ぶりを見ると納得である。
松の弁当には、こんなエピソードもあると文江さん。
「ヤクザ屋さんの子分の方が、親分が食べる松の弁当をよく買いに来ていたんです。いつか自分も偉くなって松を食べたい、って思っていたそうで、後になって『やっと食べられるようになりました』って来てくれたことがありました」

