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都心から郊外に引っ越して「出席率が急上昇」「五月病も半減」…中大・多摩キャン移転で起きた変化と、再び都心に戻るワケ

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ヒルトップ隧道
異世界への入り口感がすごいヒルトップ隧道。異世界ではなく中大多摩キャンパスにつながっている(写真:筆者撮影)
  • 松本 史 フリーランス編集・ライター

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少子化が進んだことで、大学キャンパスを移転・再編し、学部・学科の新設・再編を絡める動きが相次いでいる。そして、その背景には社会の変化や法律の影響、様々な人間ドラマがある。
連載「街とキャンパス」。第2回は中央大学の駿河台キャンパスおよび多摩キャンパスを取り上げる。都心にキャンパスを構えるも、多摩に引っ越さざるをえなくなった中大。しかし、学生たちに起きた変化は意外にもーー。

多摩キャンパスにかける中大の執念

1960年に中大が購入したばかりの多摩校地の写真を見ると、それはもう未開発の丘隆地だ。こんな何もない場所に移転して、さぞや学生たちは不満を持っただろうと思って調べてみたのだが、実はそうでもなかったのだ。

移転して4カ月ほど経った、78年7月31日の『朝日新聞』では「(前略)学生たちは、豊かな環境に影響されてかマナーがよくなり、出席率も急上昇。五月病と言われるノイローゼ患者も半減。」とある。出席率が上昇したのは、近隣にサボる場所がなかったからだと思うが、中大が心配していた志願者減もなかったようだ。

多摩キャンパスは、ディズニーランドとほぼ同じという広大な敷地に、当時としては最新鋭の設備を備えた教育施設で、視察した他大学がうらやむほどの環境が整っていた。これは中大の「脱マスプロ教育」という覚悟が現れたキャンパスだと言えるだろう。

さらに、学生、教職員など含めて、約3万人という、一つの町を作るかのような大移動で、そこにもできる限りの対応をしている。中大経済学部長・岩波一寛氏は、周囲に何もないからこそ「昼休み時間だけで1万人の食事を賄いうる約4790坪の食堂棟、大規模なスーパー顔負けの生協売店、百数十ヵ所のインスタント食品自動販売機など」を備え、「学生にあと何を望むかと質問したところ銭湯という答が飛出してまごついた経験がある」と振り返っている(『大学時報』VOL.30 1981年3月)。

ヒルトップ1階の「TOM⭐︎BOY」。中大生協オリジナルのバーガーショップで、学員(卒業生)にとっては、時々、無性に食べたくなる思い出の味(写真:筆者撮影)
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