確かに、当初は「マムシに注意」の看板が校内のあちこちにあり、田舎キャンパスとずいぶんメディアにこすられたし、中大生の自虐ネタにもなっていた。しかし、図書館や運動施設、サークル棟なども充実していて、中にいれば居心地のよいキャンパスなのだ。
筆者が中大の多摩キャンパスにかける執念を最も感じたのは、交通アクセスの整備のためにトンネルを2つも掘ったことだ。そのうちの一つである「ヒルトップ隧道」は、京王線の多摩動物公園駅から徒歩で通学できるように掘ったトンネルで、2000年に多摩モノレールの中央大学・明星大学駅が開通するまで主要な通学路となった。
交通事情の変化への期待も、22年も待たされたが、なんとか叶った。今、多摩キャンパスは最寄駅から徒歩0分という利便性を誇っている。
なぜ法学部を都心回帰するのか?
しかし、15年に中大は多摩から後楽園キャンパスに法学部を移転させる計画を発表する。それはなぜか? 実は司法試験合格実績が多摩移転後に下がってしまったのだ。
51年から70年までの首位独走後、しばらくは東大と1位を競い合う状態だったが、83年以降、その争いに早稲田も混じるようになり、その後も実績はジリジリ落ちていった。
93年に発行された『良い大学ダメ大学の研究 学生の質・大学の経営力で見る 私大版』では、「中央大学法学部が司法試験実績で、早稲田大学に次ぐ第三位に甘んじるようになったのは多摩キャンパス移転が主因とみられる。それは多摩キャンパス育ちの卒業生輩出の時期とぴったり符合している。」と分析している。
中大には真法会など、学員(卒業生)がサポートする司法試験研究団体がいくつかある。しかし、多摩移転後はアクセスの不便さで、「(前略)受験指導する検事、判事、弁護士のOBの足が遠のいてしまった。」と同書は続けている。

