東洋経済オンラインとは
政治・経済・投資

トゥキディデスと司馬遷が語る世界史の分岐点―覇権国家の興亡と秩序・安定、その歴史観の違いから米中関係を読み解く

9分で読める
2026年5月、米中首脳会談での習近平国家主席(左)とトランプ大統領(写真:China Pool/Getty Images)

INDEX

2026年5月のトランプと習近平の会談の冒頭で、「トゥキディデスのわな、両雄並び立たず」という言葉が出てきた。これはアメリカのグレアム・アリソンが『米中戦争前夜―新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(藤原朝子訳、ダイヤモンド社、2017年)の中で名付け、人口に膾炙するにいたった言葉である。

しかし習近平はこれを否定し、両国関係は対決ではなく協調であると述べた。この否定はたんなる外交辞令ではなく、西欧的歴史観に対して、東洋的歴史観、とりわけ中国的歴史観を主張したのだともとれる。

ギリシアのトゥキディデス(紀元前460~395年ごろ)は2500年前のギリシアの歴史家である。いわば西欧的歴史学の元祖とも言えるかもしれない。西欧の近代歴史学はレオポルト・フォン・ランケ(1795~1886年)によって始まったとされるが、その根源をたどればトゥキディデスにまで上るかもしれない。

覇権闘争、進歩と発展が特徴の西欧

西欧的歴史学の特徴は、覇権闘争、進歩と発展にある。すべての国は同じ歴史をたどる世界史であり、もっとも進歩した強国である覇権国が歴史をつくるのだという発想である。そして西欧こそその覇権国だという自負である。

この考えでいけば、歴史研究とはもっとも進歩的な西欧の歴史を学ぶことである。だから西欧はこぞって非西欧の国々に歴史の範をたれてきた。

ランケの次の言葉はそれを象徴している。

「たとえばアジアに目を向けてみよう。われわれはそこに文化が発生していたこと、またこの大陸がいくつかの文化段階をもっていたということを、知っている。しかるにそこでは、歴史の動きは、全体としてむしろ退行的であった。アジア文化においては、最古の時期がかえって全盛期であった。ギリシア的様相やローマ的様相の盛期であって、ギリシア的要素やローマ的要素の盛期にあたる第二第三の時期には、すでにそれはたいしたものではなくなっていた。そして蛮族―蒙古族-の侵入とともに、アジアにおける文化はまったく終末を告げたのである」(ランケ『世界史概観』鈴木成高、相原信作訳、岩波文庫、1941年、35ページ)

ランケは世界史の中心はアジアではなく西欧であること、西欧こそ世界史であるといっているのだ。

このような言い方はイマヌエル・カント(1724~1804年)にも、ヘーゲル(ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ、1770~1831年)にもある。19世紀に世界の覇権をとった西欧の自信というものに満ちあふれている。

2/4 PAGES
3/4 PAGES
4/4 PAGES

こちらの記事もおすすめ

あなたにおすすめ

政治・経済・投資

人気記事 HOT

※過去1週間以内の記事が対象