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18歳で消費者金融に走り、600万円を後輩に渡して上京…元ヤンキーが「全財産700円」から「福祉の最前線」に立つまで

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熊谷勇太さん
重度心身障害者や医療的ケアが必要な人でも入居できるシェアハウスを運営する熊谷勇太さん(写真:筆者撮影)

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「勇太、消費者金融に行ってお金を借りてくれないか」

18歳の誕生日、父親からそんな電話がかかってきた。

父は経営する居酒屋がうまくいかず、自分の借入限度額に達して、息子である熊谷勇太さんに借金を頼んだのだ。

熊谷さんは迷うことなく言われた通りに金を借り、父に渡した。 父への怒りや恨みは湧かなかったのか。思わず尋ねると、「ないです」と即答。

「それまでメシを食わしてもらってたわけですよ。困っているときに助けるのは当たり前じゃないですか? 今の仕事にも通じると思うんですけど、何かをすることでリターンを求めてないんです」

そう振り返るこの男は、その後、北海道でヤンキー組織のトップに立ち、毎月大金を稼ぐようになる。だがある朝突然、貯めていた600万円の現金と部屋にあるすべての家財道具を後輩に渡し、ボストンバッグひとつで上京した。

そうしてたどり着いた先は、重度心身障害者向けのシェアハウス「IDEAL」を運営する起業家だ。

シェアハウスIDEAL千歳船橋の外観。桜の季節になるとベランダの柵に桜が映し出されるという(写真:筆者撮影)

熊谷さんは現在、東京都世田谷区で建築費数億円、補助金ゼロのシェアハウスを2棟運営する、株式会社HABINGの代表をつとめる。重度障害者の「親なきあと」問題にビジネスで挑む現在までには、家政婦つきの裕福な暮らしから一転、全財産700円の極貧生活、ヤンキー組織のトップ、そして偶然の介護との出会い――誰も想像し得ない数奇な半生があった。

なぜ、福祉とは無縁だった男が福祉の最前線に立つことになったのか。波乱万丈な人生をたどる。

《合わせて読む→→→》前編:「私が死んだら娘はどうなるのか」重度障害児の親すべてが抱える不安を「補助金ゼロ」の"家"が救う理由

家政婦つきの生活から「全財産700円」に転落

1982年、関東地方で生まれた熊谷さんは、2歳のときに両親が離婚し、児童養護施設で過ごす。6歳のときに事業で成功した父が再婚し、一緒に暮らし始めた。

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【贅沢な暮らしから一転、極貧生活へ】

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