16歳で始めたのは、建設労働者の仕事だった。日当は6000円。10万円ほどの月収から、実家に5万円ほど入れた。半年後には居酒屋の仕事を始める。建設業も飲食業も、このときに基本を覚えたという。
そして迎えた18歳の誕生日。
冒頭で触れたように、父から「消費者金融でお金を借りてくれ」と電話がかかってきた。
熊谷さんは、迷わず応じた。
とはいえ、このまま人生を終えたくないという気持ちもあった。お金を渡した後、熊谷さんは地元を離れ、友人がいる道内の別の都市へ向かう。
8チームを1人で制したヤンキー総長の流儀
引っ越し先でヤンキーチームに所属していた友人に誘われ、いつのまにか熊谷さんもメンバーに。すると、あれよあれよと言う間にそのチームの3代目総長に担がれた。
当時、その辺りには縄張りごとに20ほどのヤンキーチームがあった。ある日、チームの頭同士で抗争をする事態になる。熊谷さんは1人で8チームほどを制し、「こんなことやってても面白くないよね。もっと連帯した方がよくない?」と新たな連合チームを作る。
ヤンキーチームには、各縄張りごとに「ケツ持ち」と呼ばれる反社会勢力が背後についていた。ケツ持ちには毎月上納金を払うのが一般的だが、連合チームをつくった熊谷さんは、それも「悪い大人と関わりたくない。意味がない」とやめてしまう。
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【「俺、何やってんだろう」】
