周りにヤンキーがいてお金もある状態では、新しい生き方をするにしても、どこかで必ず足を引っ張られるような気がした。今までの交友関係を断ち切り、あらゆるものを手放したのは、熊谷さんなりの「ケジメ」だった。
残した10万円とゴミ袋に詰め込んだ最低限の衣服だけを持って、熊谷さんは実家に帰り、「俺は東京に行く」と父親に告げる。4、5年ぶりの帰省だった。
駅前広場のベンチで、人生を変える一冊と出会う
こうしてボストンバッグ一つで上京した熊谷さん。東京での唯一の足がかりは、当時付き合いのあった同郷の女性だ。しかし彼女の両親が、「熊谷なんかと付き合うな」と言っているのは知っていた。
真面目な仕事をして見返したい。そう思いつつも、土地勘もパソコン経験もない。とりあえず歩ける範囲で仕事を探し、ハウスクリーニングと串カツ屋の仕事を始める。
ある日、仕事の合間に駅前広場のベンチに座り、タバコを吸っていると、ふと横に1冊の雑誌が置いてあるのが目に留まる。
何気なく手に取って中を見ると、「生活支援有償ボランティア・時給1500円・当日払い」という文字が飛び込んできた。世田谷ボランティア協会の情報誌だった。
時給の良さに惹かれて申し込むと、一人暮らしをしている50代の脳性麻痺の男性の家に行くことになる。言われるがままに掃除機をかけ、洗濯をし、買い物をして料理をつくると、男性は喜んでくれた。すべて、これまでの人生で母に教わったり仕事で経験したりしてきたことだった。
何回か通ううち、男性に「旅行に行きたい」と言われ、レンタカーを借りて箱根へ。「助手席に乗ってみたい」という男性を車椅子から担ぎ上げて助手席に乗せた。温泉旅館では、「露天風呂に入りたい」という男性を裸で抱えて一緒に露天風呂に入った。風呂上がり、コップにストローをさしてビールを飲んだ男性は、涙を流して「嬉しい」と言った。
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【「なんかこれ、楽しいな」】
