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土浦駅前には百貨店と大型店が密集していた
茨城県土浦市には、かつて3つの百貨店が存在した。京成百貨店、小網屋、そして地元呉服店の伊勢屋が高島屋と提携して出店した店舗である。さらに駅前には、イトーヨーカドー土浦店、丸井土浦店、西友土浦店も立地していた。
1980年代後半の土浦駅前には、百貨店と大型店が集積し、商業規模では県庁所在地の水戸市を上回る時期もあった。
しかし、その集積は短期間で縮小していく。1989年に京成百貨店が閉店。その後も1998年に西友、1999年に小網屋、2004年に丸井、2013年にイトーヨーカドーが撤退。1987年時点で約4万2000平方メートルあった百貨店的大型店の売場面積は、26年かけてゼロになった。商業という観点では、土浦駅前は「死んだ」も同然の状況なのだ。
現在、跡地の一部はマンションやオフィスビルに転用されている。イトーヨーカドー跡には2015年から土浦市役所が入居し、駅前の機能は「商業中心」から「行政・住宅中心」へ変化した。また、バブル期に大金を投じて作られた駅前の商業施設「モール505」は、今では廃墟モールとして知られている。
なぜ土浦では、これほど多くの百貨店と大型店が相次いで消滅したのか。本稿では、その起点となった1980年代後半の変化を追う。
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【江戸時代から商業都市として発展してきた土浦】
