戦後の米軍統治下の沖縄をテーマにした映画『宝島』公開から1カ月半が過ぎた。巷では、『国宝』と比較されて「莫大な製作費をかけた割には興行収入が少ない」などなにかと比較がされているものの、沖縄出身の私は素直にこう思っている。「とにかく本土の人々が沖縄の戦後史でこんな巨大な映画を作ってくれただけで嬉しい」。さらに誤解を恐れずに言うなら「どんな内容であろうと見向きしてもらえただけでも嬉しい」のだ。
ストーリーは難解。それでも感じた細部に宿る“本気”
映画『宝島』は、なんだか難しかった。ある人は「原作を読んだ人ならストーリーが理解できる」と話し、またある人は「3時間でも尺が足りない。少なくとも10話完結ドラマぐらいにしないと」と話す。そう、とにかく映画版だけ観てもストーリーがちゃんとはわからなかったのだ。少なくとも私には難しかった。
ただ、わかったことは、制作側の沖縄に対する知識の深さだった。もちろん、絶妙な方言の用法やイントネーションの不自然さはしょうがないものの、それ以外の部分の解像度が非常に高いのだ。
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【細かい描写に本気度と愛情すら感じる】
