中学入試は、大学入試問題の影響を多分に受ける
2024年度の中学入試の大半が終了した。
中学入試問題は、大学入試の問題の傾向変化の影響を多分に受ける。考えれば、これは当たり前のことだ。中学入試問題の作問者は中高一貫校で科目指導に従事している教諭であり、在校生の大学入試に向けて日々指導をする身だ。無意識的に(あるいは意識的に)、その指導内容を中学入試の問題作成に入れ込んでしまうのも自然なことだろう。
「大学入試の傾向変化」と述べたが、2020年度で大学入試センター試験は廃止され、2021年度からは新たに大学入学共通テストがスタートした。この大学入試改革で目指されたのは「知識偏重型」の問題からの脱却である。「思考型」の問題を増やすことで、どれだけの基礎知識を暗記したか問うよりも、その場でじっくり考えさせる問題を多く盛り込みたいのだ。
例えば、大学入学共通テストの国語に目を向けると、大学入試センター試験には見られなかった問題形式として主に次の3点が挙げられる。
このうち中学入試が影響を受けているのは、①「複数テキスト問題の出題」と、②「実用文・図表・資料の読み取り」である。
例えば、2024年度の市川中学校(第1回入試)では、<江原由美子・山田昌弘『ジェンダーの社会学入門(岩波テキストブックスα)』(岩波書店)>と、<スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ(著)・三浦みどり(訳)『戦争は女の顔をしていない(岩波現代文庫)』(岩波書店)>から抜粋された文章を読み比べさせて設問に解答させる読解問題が出題された。
なお同校は、昨年の国語入試問題では、大問1・2ともに複数のテキスト問題を出題して受験生を驚かせた。②「実用文・図表・資料の読み取り」については、例えば2024年度の攻玉社(第1回)では、文章で述べられている画像処理が施された画像がどれかを選択させる問題が出た。また同校は、松尾芭蕉の俳句を5句並べて、それぞれの句が詠まれた場所を日本地図から選ばせる問題も出している。また、大宮開成(第1回)の国語では、テレワーク人口の割合の推移を示したグラフの読み取り問題が出されている。
さて、ご存知の方も多いだろうが、大学入試では「総合型選抜(旧「AO入試」)」が隆盛を誇っていて、首都圏私立大学の合格者の約半数はこの総合型選抜を経た受験生であるとされている。この総合型選抜とは、提出書類や面接、小論文などのさまざまな試験を組み合わせ、一人ひとりを評価する入試方式を指す。近年は小論文を課す大学が増加しているようだ。小論文では与えられたテーマに応じて、具体的事例を盛り込みつつ、持論を展開するスキルが求められる。
こうした新たな大学入試制度の趨勢を受けてのことだろう。中学入試の国語では、「自由記述問題」が数多く出題されるようになった。2024年度で出題された「自由記述問題」の一部を紹介したい。
近年の中学入試国語で頻出する「自由記述問題」とは
2024年度の雙葉で出題された自由記述問題では、<長田弘『子どもたちの日本(にっぽん)』(講談社)>の文章中に出てくる「魔法の時間」という表現に傍線部を引いたうえで、次のような設問が用意された。
一見すると、受験生各々が考える「魔法の時間」の体験談を記述すればよさそうである。しかし、そう簡単ではない。あくまでもこの文章で用いられている「魔法の時間」とはどういう意味なのかを汲み取ったうえで、それに即した具体的事例を書かねばならない。
私はこのように文章内容を理解することを前提にした自由記述問題を「読解融合型」と呼んでいる(一方で、100%受験生オリジナルの意見や感想を求める自由記述問題を「読解分離型」と呼んでいる)。
2024年度の東洋英和女学院(A日程)では、NHKでドラマ化もされた<北村薫『ひとがた流し(朝日文庫)』(朝日新聞出版)>の文章を題材に、登場人物の「類」が「玲」に向けた言葉に線が引かれ、次のような問題が出た。
こちらも先ほどの雙葉と同様、「読解融合型」の自由記述問題である。ほかにも、2024年度の駒場東邦やフェリス女学院では、題材になった本文の内容に関わる会話形式の短文を読ませたうえで、受験生の意見や感想を記述させる問題を出題している。
自由記述問題で突然「書けなくなる」子どもたちの特徴
さて、ここまで2024年度で出題された自由記述問題のほんの一端を紹介したが、普段は読解問題を得意にしている子であっても、この手の問題になると手が突如止まってしまうことがある。
私の限られた観測範囲ではあるが、このタイプの子どもたちに一脈通じているのは、消極的な性格、言い換えれば、自らの意欲を表明する機会が乏しいという点である。こう書くと物議を醸すかもしれないが、例えば、保護者が饒舌であり、あまり自ら喋る機会を与えられなかったような子どもたちが多いような気がしている。
従来の読解問題は、「他者のことばに耳を傾け、その真意を推し量る」ことで得点できるものばかりだった。しかし、先に紹介した「読解融合型」の自由記述問題はこれだけでは不十分だ。ここでは、「他者のことばに耳を傾け、その真意を汲み取りつつ、それを自身の経験に適用して他者へ発信するスキル」が求められているのである。要するに、インプットだけではなく、アウトプットする姿勢が測られているのだ。
「読解融合型」の自由記述問題は、その学校の(入試難易度という意味での)レベルの高低に関係なく出題されるため、受験生であればこのタイプの問題を避けるのは難しい。仮に前年まで出題がなくても、突然出される可能性も考えられる。
できれば低学年の頃から、筋道だった意見を自ら表明し、自分の思いや考えを明文化するトレーニングを積むべきだろう。こう言うと、何か特別なプログラムを用意しなければいけないと思われるかもしれないが、実はそうではない。例えば親子で交換日記の習慣をつけるなど、些細な工夫を凝らすだけでよい。大事なのは、その取り組みを長く継続させることなのだ(実はこれが難しいのだが)。
本記事が小学生保護者のわが子に対するコミュニケーションの在り方を熟考できる機会になれば幸いである。
(注記のない写真:Graphs / PIXTA)