千曲市DX「職員の機運醸成」を最重要視した理由 ソリューション導入よりも大事な「現場の熱意」
DXの第一歩は「職員の機運醸成」から
全国の自治体において、持続可能かつ安定的な行政サービスを実現するうえで、DXの普及は喫緊の課題として早急な取り組みが求められている。
善光寺からほど近く、名湯・戸倉上山田温泉があり、市の南北を流れる千曲川の両岸には今なお日本の原風景が残る長野県千曲市も、改革の一端としてDXの推進に力を入れている自治体の1つだ。同市企画政策部 情報政策課長の松崎高志氏は市の現状についてこう語る。
「(死亡数が出生数を上回る)『自然減』は進んでいるものの、(転入数が転出数を上回る)『社会増』で補うような形になっています。そのため、他の自治体に比べると人口減少は緩やかです。社会増は8年連続となっています。北は長野市、南は上田市に隣接していることから、両市のベッドタウンとして子を持つ世帯の転入が多く、暮らしやすいことが評価されているのではないかと思います」(松崎氏)
千曲市においても「千曲市ICT活用ビジョン2023・DX推進アクションプラン」を策定し、DXを推進させようとしていたが、進捗は十分ではなかったという。
「DXによって解決する課題という点が明確化されておらず、職員の間に早急に取り組むべき事案というほどの危機感がなかったことが、推進の足かせとなっていました」と松崎氏は話す。
同市企画政策部 情報政策課 DX推進係 係長の栁原政広氏は次のように加える。
「これまで定期的に職員研修を実施してきましたが、業務を改善したいといった声がなかなか上がってきていませんでした。千曲市でDXを進めるためには、まずは全庁的な機運の醸成が不可欠だと考えました」
特定の業務のデジタル化や効率化に着手し、一部の部門で実証実験などを行ったうえで、全庁に展開するという流れが多い自治体DXにおいて、まずその前提として「職員の機運醸成」を掲げたのは注目に値する。
千曲市が目指すDX実現へ、必要だったもの
全庁横断のDXに着手するに当たり、まず千曲市では事業者公募を行った。主眼を置いたのは「千曲市が目指すDX」の実現に向けて、単なるソリューションの導入にとどまらず、職員の機運醸成から施策の検討に至るまで多角的なサポートを得られるかという点だ。
「それまで進行していたプロジェクトはやや技術ありき、ソリューションありきといったところが否めませんでした。市民の視点に立った行政サービスの提供、職員の不足が予想される中での業務の効率化を実現するためには大胆な見直しが必要です。と言っても、これを市の職員だけで行うのは難易度が高く、全般的なサポートをお願いできる外部のアドバイザーの支援が必要だと考えました」(松崎氏)
そこで白羽の矢が立ったのがNECだ。松崎氏と栁原氏は選定の理由について、「NECは、さまざまな自治体DXを支援してきた実績と知見を持っている安心感がありました。また千曲市のことをよく調べていて、私たちが求めている一気通貫の支援を提供してくれるという期待を最も強く感じたことも、選んだ大きな理由です」と語る。
異色の経歴を持つアドバイザーが支援した改革
千曲市のDX推進に向けて、NECのキーマンとしてフロントに立つのが、戦略・デザインコンサルティング統括部マネージャーの池澤健太郎氏だ。池澤氏は、かつて県庁の職員としてDXを推進する業務に携わっており、自治体職員からNECへ転職した異色の経歴を持つ。
池澤氏は、千曲市のプロジェクトに参加するに当たってどのような印象を持ったのか。
「松崎課長も話されていましたが、ここ数年『社会増』が続いていることから、課題としての緊迫感を職員の方に認識していただくのが難しい状況であると感じました。しかし、『自然減』がこのまま続くと、35年ごろには千曲市の人口が17%も減少するという試算があります。さらに、そのうち(15~64歳の)生産年齢人口は24%も減少すると見込まれています。これは長野県内の同規模の自治体と比べても大きな数字です」と池澤氏は指摘する。
働き手がいなくなると税収も少なくなる。市の財政が行き詰まると行政サービスの水準も低下する。まず池澤氏が始めたのは、職員になぜDXが必要なのかという点をデータで示すことだった。
「私自身、県庁在籍時に携わった財政再建プロジェクトで、データを見つめることで現状と未来を把握する重要性を痛感しました。その経験を生かし、具体的な数字を示すことで、職員の皆さんに適切な緊張感を持っていただき、なぜDXをしなければいけないのかを考えてもらいたいと思っています」と池澤氏は話す。
この「職員の機運醸成」のための研修は全4回の開催を予定しているというが、早くも成果が表れているようだ。
栁原氏は「若手職員の中には『生成AIを導入してほしい』『プログラミング知識が不要なローコードのツールを使いたい』といった意見が出てくるようになりました」と話す。
24年度以降の「計画策定の支援」についても、NECの支援のもと、検討が進んでいる。松崎氏は「池澤さんはつねに、市民に求められる行政サービスとは何か、将来の千曲市はどうありたいかという視点で語るのでブレがないですね。また、NECにはさまざまな先進的なソリューションがあると思いますが、時には『今は不要です』とまで言ってくれます。大いに信頼しています」と高く評価する。
現場主導のDXで重要な「自分ごと化」の進め方
池澤氏は「打ち合わせの席で、『どのツールがいいですか』と相談を受けることがあります。その際、私はあえて答えは示しません。千曲市として何をしたいのかを尋ね、その評価軸になる情報を提供し、選択しやすくするという形での支援をするようにしています。なぜなら、私が答えを出してしまうと、職員の皆さんが自分ごととして腹落ちしないからです」と語る。「職員の機運醸成」だけでなく、さらに職員のスキルアップも視野に入れながら、サポートを行っているわけだ。
松崎氏は「とくに『業務効率化』については、上から言われてやるのではなく、現場の職員から改善提案などが出るようにしたいですね。そのためには、一人ひとりの職員のDXリテラシーを高めていく必要があります。千曲市のような規模では、優秀な人材を1つの拠点に集約して組織化することは現実的ではありません。それぞれの部署に意識の高い人材を育て、必要に応じてわれわれがまとめ役となり、組織横断的に連携していく手法が望ましいと考えています」と話す。
今回、NECが支援する複数のプロジェクトはまだスタートしたばかりだが、池澤氏は「特定のツールやソリューションを導入するのではなく、千曲市の職員の皆さん、さらには市民の皆さんが力を合わせて、課題を解決できる道筋を示したいと考えています。そのための情報整理の方法、選択肢の判断方法、さらには仕様書などのアウトプットの方法など、具体的な知見を提供することはもちろん、一体的な支援を可能にする方法論等を活用して、その実現に向けてのお手伝いをしたいと考えています」と力を込める。
松崎氏、栁原氏をはじめとする情報政策課の職員が中心となりながら、全庁横断のDXを推進しようとしている千曲市。職員の機運も醸成され、スキルを高めることで、現場主導のDXが生まれようとしている。その成果に大いに期待したい。