安全性と利便性を両立「高精度の生体認証」の正体 入退から決済までカード・パスワードが不要に
オンオフ両面のセキュリティ強化が喫緊の課題
地政学的リスクが高まる中で、企業も攻撃の標的になってきている。そうした状況を受け、2022年5月には経済安全保障推進法が成立。重要な物資やインフラを守り、先端技術の国外流出を防ぐため、国家レベルで対策をしていく姿勢が鮮明に打ち出された。
では、企業の現場で具体的な対応が進んでいるかといえばどうか。「オンラインとオフラインの両面でリスクが増大しているため、難しい舵取りが迫られている」とNEC 生体認証・映像分析統括部の師岡宏典氏は分析する。
「オンラインでは、DXの進展によってエンドユーザーともデジタルでつながり、セキュリティ事故の影響範囲や度合いが深刻化しています。すべてに最高水準のセキュリティ対策をするのは費用面でも運用面でもコストが見合いませんし、セキュリティ関連の法律やガイドラインなどに沿って最適なソリューションを見つけるのは決して簡単ではありません」(師岡氏)
オフラインのセキュリティ強化も難題だ。身分証やカード、鍵、パスワードなど認証要素を増やすのも1つの方法だが、使い勝手や運用管理についてはスムーズさから遠のく。紛失・忘却などによって、安全性が担保できなくなるおそれもあるだろう。
わずか2秒の認証で、誤認証率は100億分の1
そうした課題の解決に貢献し、包括的に企業のセキュリティ強化を実現するのが、NECが開発した「顔・虹彩マルチモーダル生体認証」だ。従来のように複数の生体認証方式を単独で使うのではなく、独自の技術で掛け合わせ総合的な結果を出すところに特色がある。
「複数の生体情報を掛け合わせることで、単独の認証精度を超える結果が出せることがわかりました。生体認証の中でも精度の高い顔と虹彩(左目・右目)の3つの生体情報を掛け合わせ、誤認証率(他人を本人と誤って受け入れてしまう確率)100億分の1を実現したのです。世界的なスポーツイベント開催時に、アスリートが長期宿泊したホテルマリナーズコート東京で、従業員入退管理の実証実験を2021年の夏に約2カ月半にわたって行いましたが、誤認証は1件も発生しませんでした」(NEC 生体認証・映像分析統括部 木村恵氏)
もちろん、単独の生体認証の精度が低いわけではない。NECは、米国立標準技術研究所(NIST)のベンチマークテストにおいて、指紋・顔・虹彩の3つで精度世界第1位の評価を獲得している(※)。より高く、さまざまなシチュエーションに対応できるセキュリティを求めた結果、従来にない複数の生体認証を統合した仕組みにたどり着いたということだ。だからこそ、精度のみならず利便性の高さも追求している。
※NISTによる評価結果は、米国政府が特定の製品、サービス、企業を推奨するものではない。詳しくは「NECの生体認証における第三者評価」を参照。
「製品化に向けて何より重視したのはユーザビリティです。どんなに精度の高い認証技術でも、使い勝手がよいものでなければ意味がありません。長い時間立ち止まらなくてはならなかったり、何かを取り出したり外したりといった条件が付与されると、どうしても使い勝手が悪くなります。使っていただく方にストレスをかけることになりますので、『マスクや帽子、メガネなどを着用したままワンアクションで認証できること』『認証完了までの時間をできるだけ短くすること』は最初に決めました。とくに後者は、2秒程度と目標値を決めてから開発を進めたため、かなり苦戦しましたが、研究チームと一丸となって開発することで達成できました」(木村氏)
虹彩は非常に小さいため、スキャンするときブレやすく短い時間で簡単に撮影することが難しい。実際、認証用カメラは他社製品も含めて広く検討したが、要件を満たすものは存在しなかったという。そこで、NECはカメラだけではなく、迅速かつ適切な認証フローを可能にするソフトウェアを組み合わせた端末を開発。それによって、認証だけでなく事前の登録まで1台の端末で賄えるようになったのだ。
ビジネスチャンス拡大など「攻めの施策」にも
2022年11月には、新製品の販売を開始(製品サイトはこちら)。これにより利用シーンは大きく広がり、かつてない「認証体験」が創出されようとしている。
例えば高セキュリティエリアへの入退管理は、ID・パスワードやカード、身分証、鍵を組み合わせた多要素認証がスタンダードだったが、「顔・虹彩マルチモーダル生体認証」はカメラを見るワンアクションのみ。まったくの手ぶらで非接触、かつカードやパスワードも不要なため、防塵服を着用するクリーンルームや手術室などでもスムーズに本人認証が可能だ。イミグレーションに活用すれば、大幅に入国審査時間を短縮できる可能性もある。
興味深いのは、店舗での決済のユースケースだ。消費者は手ぶらで買い物ができ、店舗はオペレーションを簡素化できて対応時間の短縮も可能となる。2022年9月に日本で行われた海外スポーツ試合会場のグッズ売り場や飲食コーナーで実施した実証実験には、約350人の一般消費者が参加。スムーズに決済が進む様子は、周囲からどよめきも起きたほどインパクトを与えていた。
「スポーツの試合会場や大規模なイベント会場では、売り場に行列が発生することが珍しくありません。そうすると『並んでまで買うのはやめよう』という人も出てきますので、迅速な決済処理は機会損失を防げます。キャッシュレスなのでお釣りの間違いも起きませんし、利用者の合意を得てデータを利活用すれば、本当に望まれるクーポンや魅力的な情報など、パーソナライズドされたサービスをお届けすることもできます」(師岡氏)
本人確認や不正防止の「守りの施策」にとどまらず、ビジネスチャンスを広げる「攻めの施策」にも活用できるというわけだ。さらに、暮らしの中に取り入れれば、家の鍵や財布を持つ必要もなくなってくる。
「安全・安心の価値観が大きく変わるとともに、暮らしやサービスのQOL(生活の質)も上げることができます。さらに利便性も高まることで、『安全・安心・便利』が相互にひも付いた社会が実現できると考えています」(師岡氏)
安全性と利便性が高次元で融合し、「なりすまし」の心配も不要。持ち歩かなければならないのに、紛失すると非常に困る所有物や、管理が面倒な大量のカード・パスワードから解放され、「何も持たずに本人と認証される」世界。真の意味で自分らしく生きられる未来が、すぐそこまでやってきたのかもしれない。
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