子どもたち全体を底上げするために投資が必要

哲夫さんが小・中学生向け補習塾「寺子屋こやや」を開いたのは、所属する吉本興業の社員から「塾の費用が月6万~7万円かかる」と聞いたのがきっかけだった。

「高すぎると思いました。金持ちしか賢くならへんやんけと。一部の人間だけが賢くなる『置いてきぼり教育』は嫌やなと思ったんです」

「月6万~7万円」は高額な部類だが、塾にかかる費用は決して安くない。文部科学省の調査※1によれば、2021年度の1年間で公立小学校に通う小学生の「補助学習費」(自宅学習や学習塾・家庭教師などの経費)の平均額は12.0万円、公立中学校に通う中学生は30.3万円。1カ月あたりではそれぞれ1万円、2万5250円だ。塾に通いたくても、経済的な事情で通えない子どもがいるのは事実だろう。

※1 文部科学省「令和3年度子どもの学習費調査」(2022年12月21日公表)

笑い飯 哲夫(わらいめし・てつお)
1974年奈良県生まれ。関西学院大学文学部哲学科卒業。2000年に西田幸治とお笑いコンビ「笑い飯」を結成。2010年『M-1グランプリ』優勝。相愛大学人文学部客員教授。2014年より低料金の小・中学生向け補習塾「寺子屋こやや」を運営。2023年12月に最新著『がんばらない教育』(扶桑社)を上梓

家計の負担をなるべく抑えたい、と哲夫さんが設定した金額は、週3回で1万5000円程度。大阪市の塾代助成※2を利用すれば、月5000円になる計算だ。

※2 「大阪市習い事・塾代助成事業」のこと。大阪市では、学校外教育にかかる費用を月額1万円まで助成。大阪市内に住む小学5年生から中学3年生を養育する人が対象で、一定の所得制限が設けられている。

哲夫さんがそうまでして子どもたちに賢くなってほしい理由は、「これからの地球を任せるから」だ。

「夏がくそ暑いのが嫌で。子どもたちもクーラーがないと勉強できないとか、体育や部活動で倒れるとか、かわいそうじゃないですか……。元の地球に戻してくれよ、と思ってるんです。そのためには、とんでもない科学者や技術者に出てきてもらわないと。子どもたち全体を底上げして誰もが天才になれる雰囲気を作れば、その中からとんでもない奴がボンと出てくるかもしれない。僕らはそんな社会に投資せなあかんと思うんです」

「人生半分くらい来てるから」、補習塾経営を打ち明けた

哲夫さんはこれまで、オーナーを務める「寺子屋こやや」を公にしてこず、WEBサイトでも名前を伏せてきた。しかし、ここ1〜2年で心境が変わったという。「もうすぐ50歳で人生半分くらい来てるやろうから、もうええわと思って」。そう言いつつ、真意をこう明かす。

「話すことで、同じような活動をしてくれる人がいはったらなと思ったんです。みんなが各地域でやってくれれば、全国展開になります。うちも株式会社にしたので、株で投資してもらえたら。講師は主に後輩芸人がやってくれてますけど、おじいちゃんおばあちゃんでも、バイトの大学生でも、パートのおばちゃんでも面白い。そこそこいい給料払いますよ」

がんばらない教育
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もう1つ、哲夫さんが唱えるのが “地域教育のススメ”だ。

「今の子育ては、『近所の人には子どもを任せられへん』とか、『あの人は気持ち悪い』『あのやり方はちょっと』とか、全部が世知辛い。親が『うちの子はこう育てたい』とあんまり思いすぎるのもよくないんじゃないかな。

僕も昔、あかんことをしたら近所のおっちゃんにえらい怒られました。当時は嫌やったけど、今は『あんとき怒られてよかった』と思う。人によっていろんな子育てがあるから、地域で子育てを担うことはすごく大事なんやないかな。『寺子屋こやや』も、学校と家以外で、子どもが悩みを相談したり社会規範を知ったりできる居場所でありたいのです。例えば、授業後にチャリでラーメン屋に行くとか、大人公認の夜遊びでちょっと背のびができるような環境も整えたい。不安な親御さんもいるかと思いますが、地域が顔馴染みなら、万が一のときも『お前、それ誰と喋ってるん』と気にかけてもらえます。

ただ、今は議論をするにも言葉を選ばなければならない場面が多いですよね。もっとざっくばらんに人と人が話せればいいのに、と感じます」

学校は「先生がちゃんと子どもを怒れる場所」であってほしい

「僕は、学校も、先生がちゃんと怒れる場所であってほしいと思っています。今の先生は息苦しいでしょうね。怒ったら親にどう言われるか、メディアでどう報道されるかと恐れている。公教育がこれでは、子どものためにもならんとちゃうんかと思います。もちろん暴力はいけませんが、暴力と愛の鞭を一緒に議論するのはおかしいでしょう」

そう哲夫さんが語るのは、自身が出会ってきた教員の姿と現在の教員の姿とにギャップを感じているからだ。

「忘れられないのが、中学校の服装検査です。検査だからちゃんとしたズボンをはいたんですが、それがなぜかすごく臭くて。とりあえず母親の香水を振って登校したんです。そしたら教室で、『何か臭うぞ』と騒ぎになって。恥ずかしかったので、先生にそっと『ズボンが臭いので早退したい』と伝えると、『お前は何を言っているんだ』と言いながら僕のズボンを嗅いで、『すぐ帰れ』って(笑)」

おやつを出してくれたり、サッカーゴールを設置してくれたり、細かなルールより子ども優先で、先生の枠を超えて育ててもらった感覚があると言う。ちょうど『3年B組金八先生』の世代でもあり、哲夫さん自身、教員を志した時期もあった。学生時代も塾講師や家庭教師のアルバイトをしていた哲夫さんは、自ら編み出した授業の仕方を含め、現在では教員向けの講演経験もあるという。

「授業は、圧倒的な知識量を見せつけると楽しいんですよ。例えば歴代首相の名前をスラスラ言えたら、子どもたちは『すげ〜!』と食いつきます。先生も『俺すごいやろ?』と自画自賛したりしていると、子どもたちにはその姿が可愛らしく面白く映って、笑ってくれる。『ひけらかしたがり』くらいがちょうどいいんじゃないかな。

ただ、教えることが多くて時間もないから、そんな余裕はないのかもしれません。だから僕は、もっと副担任がいていいと思う。塾もそうですが、1人より複数で見たほうがやりやすい。1人に『先生、ここ教えて!』と言われれば授業が止まるし、その間に教室も騒がしくなります。それができないほど教員不足なのは、やはり給料が安いからでしょう。先生はもっと給料をもらってええんちゃいますか」

今後の地球を担う賢い子どもたちを、家庭と学校だけでなく、地域で育てる。いろいろな人と出会い、さまざまな価値観に触れ、閉塞感のある現代を柔軟に生きる。哲夫さんが思い描く地域教育は、少子化が進み人口が減少するこれからの社会の処方箋なのかもしれない。

(文:高橋秀和、編集部 田堂友香子、写真:今井康一撮影)