米国発の「読書家の時間」をオンラインでどう実現できるか?

「ヨンデミーオンライン」という月額定額制の読書教育サービスを提供するYondemy。同社のアプリを使い始めると、動画やゲームにばかり夢中で本を読んだことがなかったような子どもが、毎日自ら本を読むようになると、注目を集めている。

大きな特徴は、子どもの好みだけでなく読書レベルに合わせて選書を行う点にある。学校の推薦図書などは学年ベースで選書をするケースが多いが、同社は独自に分析した絵本や児童書のデータとAIの活用によって、個々の読書レベルに応じて本を薦める。

具体的には、AIの「ヨンデミー先生」というキャラクターが子どもの日々の選書をサポートするほか、チャットで本の楽しみ方や感想の書き方を毎日数分ずつレクチャー。子どもはヨンデミー先生と接するうちに読書に対するモチベーションが高まり、本を手に取るようになるという。

AIのヨンデミー先生が子どもをサポート
(写真:Yondemy提供)

さらに、読書に飽きない仕掛けも徹底。子どもに「伝説の読書家」を目指そうというストーリーでミッションを与えるなどゲーム性も取り入れ、習慣化を促す。全国の図書館のリアルタイム蔵書検索と連携しており、アプリから図書館の予約システムに飛んで予約できる点も便利だ。

オリジナルストーリーでゲーミフィケーションを強化。今年6月には第2章『伝説の読書家』をリリース
(写真:Yondemy提供)

「大人になっても読書し続ける子どもを育てたいのです。本が読めれば、どんな社会状況でもどんな仕事に就いても、自ら学んでステップアップできます。将来やりたいことを実現するためにも、子どものうちに読書習慣を身に付ける必要があると考えています」

そう語る代表取締役の笹沼颯太氏が同社を立ち上げたのは、コロナ禍の2020年、東京大学経済学部3年生の時のことだ。

Yondemy代表取締役の笹沼颯太氏

「家庭教師として小学生に国語を教えていたのですが、どの家庭でも同じことをよく聞かれました。『先生は幼い頃、どんな本を読んでいたのですか。どうして本が好きになったのですか』と。なぜそんな質問をするのかと聞くと、『うちの子は国語も算数の文章題も理解できない。理科や社会の教科書も読めない』と言うのです。テキストベースでの情報取得ができないために、どの教科も苦手だという子どもたちが多いことを知りました」

学校や塾に相談すれば、読む力を育てるには「本を読んでください」と指導され、お薦めの本を教えてはもらえる。しかし、そもそも本を手に取らない子どもに、どうやって本を読ませるのか。その仕組み自体がないという現状に笹沼氏は気づく。

「当時、私は英語多読の塾で読書指導をしていたこともあり、本の楽しみ方を伝える方法や英語力向上につなげるノウハウは持っていました。その経験を生かせば、本を読まない子どもにも読書習慣をつけることができるのではないかと考えました」

筑波大学附属駒場中学校・高等学校時代の恩師である澤田英輔氏(現・風越学園教諭)の影響も大きい。澤田氏は、米国の伝説的教師として知られるナンシー・アトウェル氏がつくり上げたリーディングワークショップ(読書家の時間)とライティングワークショップ(作家の時間)を先駆けて実践していた。

「私たちのサービスは、そのナンシー氏の学習モデルを参考にしています。日本でも澤田先生のように実践されている先生方はいらっしゃいますが、すべての学校で展開するのは現状難しい。だから私たちは、先生がいなくても子どもたちが読書家になれるよう、この学習モデルをオンラインによってどう実現できるかを追求しようと、大学の仲間と一緒に会社を立ち上げることにしたのです」

笹沼氏は当初、NPO法人を立ち上げることを考えた。しかし、本を読めない子どもたちは全国にいる。とくに教育資源へのアクセスが容易ではない地方の子どもにリーチするには、低単価のサービスを広く提供する必要がある。それを可能にするためにも、ベンチャーキャピタルから資金を調達し、株式会社にすることを選択した。

3カ月で約4割が「毎日読書」、学習にもポジティブな影響

現在4期目、社員数は代表の笹沼氏を合わせ3人。ほかに東大生を中心とした学生インターンも含めると20人前後の組織体制となる。サービスは最初の30日間が無料で、それ以降は月額2980円で提供しているが、ユーザー数は累計5000人を超えた。

絵本の読み聞かせが終わって1人読みが始まった頃から『ハリー・ポッター』が読めるくらいの段階までが支援対象なので、ユーザーは小学生が多い。小学生になって教科書が読めない、テストの文章題を理解できないといった悩みを持つ子どもが入会するケースが多く小学1~3年生がメイン層だが、会員には中学生もいる。

同社の競争力の源泉は、AIによる選書にある。とくに選書をするためのデータベースづくりが丁寧だ。1冊を2名体制で読み、ジャンルやテーマだけでなく、主人公の性格や物語の舞台、読者がどんな気持ちになるのかなど細かい点も含めて内容をすり合わせて確認し、難易度や文字量なども独自に分析してデータを作り上げている。これまでチームで2000冊以上の絵本や児童書を読み込んできた。

「私たちのデータは一朝一夕に作れるものではありません。当初はこのAIの選書サービスだけでスタートしましたが、ゲーム性やモチベーション管理の仕組みも整った現在は、親御さんはアプリに任せておけば子どもが勝手に本を読むようになるサービスになりました」と、笹沼氏は自信を見せる。

実際、同社の利用者データによると、サービス利用開始から1カ月後に8割以上の子が読書を好きになり、3カ月後には約4割の子が毎日読書するようになっているという。また、子どもの成長を感じる点として読む量や読書に対する態度のほか、言葉の変化を挙げる保護者が多いそうだ。

「3カ月で100冊ほど読むようになる子もいるのですが、そうなると語彙は急速に増え、話す言葉も変わるんですよね。親子のコミュケーションが活発になったというご家庭は多いです」と、笹沼氏は話す。学習に前向きになる子どもも多い。

「テキストが読めるようになるということは学ぶ力がつくということ。全国統一小学生テストで偏差値が1年で20上がったケースや、学習障害を疑われていたお子さんが、本が読めるようになったことで自信がつき、友達に勉強を教えるようになるほど学力が向上したケースもありました」

本をまったく読まなかった子が本を読むようになることで、どのような効果が生まれるのか。同社は将来的に、その研究成果を公開するつもりだ。

「今の日本の読書の課題は、教育的な効果を検証できていないこと。文部科学省の調査も読書の記録は冊数だけで、本を読んでいる子と読んでいない子を比べることしかできず、『頭がいいからたくさん読むようになるのでは』という見方を否定できない研究になっています。私たちは、1人の子がどう変化するのか、それもどんな本をどれだけ読んだかという詳細なデータを蓄積しています。長期的には、学習指導要領の改訂にも生かせるような形でエビデンスを示したいと考えています」

子どもが読書に親しむようになる働きかけとは?

子どもの読書離れは以前から指摘されていることだが、現状の要因としては「動画やゲームの存在」だと笹沼氏は見ている。読書は頭を使って文字を追わなければならないが、動画なら見るだけでいい。だから読み聞かせは好きでも、自分で本を読むことが嫌いな子どもが多いという。

「この20年でブックスタートの活動を始める自治体が増えて読み聞かせは普及したので、本を読む土壌は整っているんですよね。ただ、その先の『自分で読む』を支える仕組みがないから私たちがつくったわけです。事業を通じて、適切なサポートがあれば子どもは変わるんだなと感じています」

では、子どもを読書好きにするには、保護者や教員はどのような働きかけをするとよいのか。

「私たちは、楽しく、たくさん、幅広く、本が読めるようになることを重視しています。楽しくないのにたくさん本を読ませようとすれば、読書が嫌いになります。たくさん読んでいないのに難しい本を読もうとすれば、挫折します。そのため私たちの選書提案も、楽しく読めて、読書習慣ができた段階で新たなタイプの本を薦めます。まずは『楽しく』から始めることが大事です」

とくに保護者には、本を読まない時間を大切にしてほしいという。

「本をよく読む大人は、読んだ後に誰かに話そうとしますよね。それは子どもも同じで、本について話したり考えたりする時間を設けると読書がより楽しくなります。ぜひお子さんが本を読んだ後は親子でその本について会話をしてあげてください。一方、学校では、例えば同じものを読んだ後、ほかの人はどのような展開を考えたのか、どこに注目したのかを共有し合うなど、読書の楽しさである『知る・感じる・考える』過程を可視化してあげることが大切だと思います」

また、動画やゲームよりも読書を優先する子どもにするには、自分は読書が得意だと思わせることもポイントだ。

「とくに今の子どもたちは偏差値で比べられる教育の中で認められることが極端に少ないので、本を1冊読んだだけでも褒めてあげてほしい。声がけとしては、『読書家だね』と言ってあげることがお勧めです」

笹沼氏は、習い事として読書のカテゴリーを確立したいと語る。また、書店と連携したり、学校でワークショップを行ったり、子どもが本と触れ合う機会を増やす取り組みも展開したいという。

「母語の言語能力がないと英語力は身に付きませんし、AIにうまく指示を出して活用することもできません。ますますテキストベースの理解が重視される時代になっているので、子どもが読書習慣を身に付けることは大切です。また、読めて書ければ仕事ができます。今後は『書く』ことも支えるサービスへ進化させていこうと考えています」

笹沼颯太(ささぬま・そうた)
Yondemy代表取締役
東京大学経済学部在学中の2020年にYondemyを設立、AIのヨンデミー先生によるサポートとアプリで読書を楽しむことができるオンライン読書教育サービス「ヨンデミーオンライン」の提供を開始。AIが一人ひとりの好みとレベルに合わせてお薦めしてくれる本は、全国の図書館の在庫情報とリンクしており、近くの図書館ですぐに借りることができる。23年2月からはLINEで保護者の悩みに回答する無料サービス「教えて!ヨンデミー」もスタート

(文:國貞文隆、注記のない写真:梅谷秀司撮影)