本当に「台湾有事は日本有事」なのか?

今回行われた講演会「台湾有事は日本有事」では、台湾の私立銘伝大学 国際教育交流所長の劉廣華・准教授を講師に招き、米中対立、とくに台湾から見た「台湾有事」について解説する形を取った。講演会のタイトル通り、「台湾有事は日本有事」という声も日本ではよく聞こえてくるが、実際のところはどうか。講師の劉副教授は、台湾でも著名な国際関係の専門家でもあり、銘伝大学は多くの日本人学生を受け入れている大学である。

この講演会に参加したのは、熊本県立済々黌(せいせいこう)高等学校と山形県立山形南高等学校の2校。いずれも各県を代表する進学校だ。両校の高校生が参加し、台湾という当事者である講師による解説を聞いたうえで、質問や議論が活発に行われた。

しかし、なぜ、「台湾有事は日本有事」という、米中対立、とくに台湾有事に関するテーマを設定したのだろうか。その理由は明解だ。主催者の台湾留学サポートセンターの安蒜(あんびる)美保代表は、「中国が武力で台湾を飲み込むのではないかといった報道が日本でも多く、日本の隣国である台湾の状況に強い関心を持つ高校生は多い」と指摘する。

また近年、日本の高校生が台湾の大学へ直接進学するケースも増えており、もし台湾留学中に国際情勢が悪化した場合、留学生活の継続や将来に不安を感じる生徒や保護者がいるという背景もある。「台湾への留学を考えている高校生が抱える疑問や不安を、いちばんの当事者である台湾の人がどう考えているか。そういった知識や情報を得る場をつくる必要があるのではないかと考えて今回の講演会を企画した」と安蒜氏は説明する。

参加した済々黌高校の鶴山幸樹校長は、熊本県は教育面において台湾との交流を拡大する方針で動いていると述べ、「世界的な半導体メーカーであるTSMCが熊本への進出を決めるなど、台湾とのヒト・モノの交流が活発化している。そういった流れの中で若者の視野も世界に向けて広がっており、今回の講演会もそういった視野を広げる一助になると考え参加した」と述べた。

また山形南高校は総合探究の時間を利用して「台湾学」と称した授業を設けている。そのため、生徒たちは台湾をはじめとする、国際情勢に強い関心を持つ生徒が多いという。

前出の鶴山校長は「新型コロナウイルス感染症の拡大やウクライナ侵攻、円安の進行など、生徒たちが将来海外で学ぶことを躊躇する雰囲気が出ている」と指摘、とくに台湾有事といったネガティブな事情については、問題の本質を知ることで生徒たちが自分の将来を決める有意義な一助になると考えたと付け加えた。

「台湾有事はない」との指摘に驚く高校生

では、台湾人研究者は台湾有事をどう見ているのか。

劉氏は参加した生徒たちに向けて、「個人的には、台湾有事はないと考える」と述べた。生徒たちはこの言葉に驚いたようだが、劉氏が中国や米国の戦略など最近の動きを紹介し、それについて台湾がどう見ているかを説明した後、「台湾有事がない」と考える理由を次のように述べた。

銘伝大学 国際教育交流所長
劉廣華 准教授
(写真:安蒜氏提供)

まず、中国にとって台湾の問題は第1に優先すべきことではなく、その前に米国との貿易対立といった米国と直接関わる問題を解決すべきだと考えていること。次に、有事が起きればまだまだ成長すべき中国経済に多大な悪影響を及ぼすこと。それは、戦闘になるとその暴挙に世界が中国への経済制裁を実施するはずで、世界の工場といった役割を果たしている中国にとっていわば「カネがなくなってしまう」(劉氏)事態を招いてしまうためと説明する。

また、「産業のコメ」である半導体について、台湾が世界の3分の2を製造しているという事実を指摘した。もし中国が台湾を攻撃すれば、半導体の生産が減速、もしくはストップする事態を招きかねない。となると、世界はもちろん中国にとっても半導体不足が生じ、これも経済に悪影響を与えてしまう。

さらに劉氏は、台湾の人らしい見方を披瀝する。「仮に中国が台湾を占領すれば、台湾の人の対中意識、とくに悪意が生じ、中国は台湾をうまく統治できない」。また、台湾の地理的な位置も中国人民解放軍にとっては攻めにくい地形であることも紹介した。

これは、もともと多くの台湾の人が「自らは中国ではない」と考えながらも「現状維持が好ましい」と考えていること。そのため、仮に中国が台湾を支配するようになっても、中国への敵意を増大させる台湾の人を中国がうまく統制できるかは大いに疑問だということである、と劉氏は述べた。

さらに台湾海峡の水深は浅く、沿岸の防衛も台湾の軍隊がしっかりと守っているため、上陸作戦を中国人民解放軍が成功させる可能性は低い。となると、中国大陸からミサイルを発射する攻撃しかないが、それは必ずしも有効ではない。ミサイルで台湾側の資産や人命に損害を与えても、それで台湾を得ることにはならないためだ。

(写真:安蒜氏提供)

劉氏からの説明を受けて、高校生たちも活発に質問を繰り返した。山形南高校の生徒の一人が、こう質問した。

「1996年に一度、台湾海峡が緊張し、米国軍空母まで出動したことがあると劉先生は紹介しましたが、今回は当時とどのような点が違うのでしょうか?」

避けるべき、偶発的な衝突

劉氏は、「30年前と状況が違うのは、中国の国力、軍事力が上がっていること。米国軍は戦争の抑止力にはなるが、中国の軍事力も航空面などで向上している。そのため、米国軍も中国人民解放軍も、30年前のときよりも双方がより距離を保って威嚇・圧迫している」と答えた。

そして劉氏は、「台湾有事は起きないと言ったが、距離の置き方を間違えて偶発的な衝突から有事に発展する可能性がある」と指摘し、双方とも、より注意深く行動すべきだと付け加えた。

「中国人民解放軍にとって、台湾は地理的に攻撃しにくい存在とのことだが、実際に台湾はどのような準備をしているのか」(山形南高校の生徒)

劉氏は「侵略されないように、また侵略されたときにも有効な手段を打てるように最先端技術を利用しながら準備している」と答えた。また、「台湾は中国に対抗できるミサイルも多数開発しており、最近では潜水艦の建造も行っている。同時に、台湾だけの軍事力ではかなり厳しい状況になるのはわかっているので、日米をはじめとする国際社会からの協力などが有効に働くよう、つねに用意をしている」と説明した。

劉氏は講演の中で、米国が制定した「台湾関係法」と、今、米国上院外交委員会で審議されて可決された「台湾政策法案」についても説明した。台湾関係法は1979年に米国が中国と国交を結び、台湾(中華民国)と断交した際に、台湾の安全保障のために制定した法律だ。米国は台湾を国家と同様に扱い、防衛兵器を供与できることを定めている。

また台湾政策法案は2022年9月14日に米国上院外交委員会で可決された法案で、中国と台湾の安定した両岸関係の維持を目的に、米国が台湾政策をより強化するために出されたものだ。そこで生徒から、次のような質問も出た。

「台湾政策法案は成立するのか。また、一つの中国、台湾は中国の一部とよく聞くが、これらの法律とどのような関係があるのか」(済々黌高校の生徒)

劉氏は「台湾関係法は、あくまでも中国は一つということを念頭において制定されたもの。中国側の『中国は一つ』という主張には同意しないが、台湾も中国であると制定時の状況を考えて制定された」と説明した。

ただし、今回米国上院外交委員会で可決された台湾政策法案は、①米国への事実上の大使館の設置など台湾を国として認めるように読み取れる内容であること、②台湾は米国の軍事的同盟国として扱うという表現があり、台湾を国家として認めるような内容になっていること、③米国は台湾に対し65億ドル相当の軍事援助を行う内容があることを挙げて、2つの法律の違いを示した。

ただ、台湾政策法案は議会を通過したものの、バイデン大統領が署名するかどうかは不透明で、成立は難しいのではないかと劉氏は生徒たちに答えた。

台湾有事など国際情勢にはさまざまな情報が飛び交う。高校生たちはどの情報が正しくて、どれがフェイクニュースなのかといった、「情報の真偽の見極め」に悩んでいるようだ。

「正しい情報がどれか、どう見極めるのか。その方法があれば教えてほしい」(済々黌高校の生徒)

劉氏は、ネット上には本当に情報があふれていて、そのような質問をするのはとても理解できると述べたうえで、アドバイスとして「1つの事象にポジティブな見方とネガティブな見方があるのなら、両方聞いて自分で考えてみること」を勧める。結局は自分が観察して考えたうえで判断するしかないので、そのためにはたくさん話を聞いて、自らの考えを踏まえながらどれが本物かを見極めるしかないとアドバイスした。

その一例として、中国と台湾は対立しているかのように見えるが、水面下では協力している部分もあることを劉氏が指摘した。例えば、台湾の人が中国で事故などに遭い、そのための救援などの協力を中国側に要請するといったことがある。表面上は中国は台湾からのそのような要請に無反応であることもしばしばだが、実際には台湾の人のために働いて解決に導いている事例があることを紹介。中国と台湾は対立ばかりしているのではなく、実はそういった関係もあるのだと劉氏は紹介した。

情報リテラシーの重要性を再認識した高校生

台湾の専門家からの話を聞いて、講演会に参加した生徒たちはどう考えたか。

山形南高校2年で台湾の大学進学に関心を持つ真木嵩大さんをはじめ参加した生徒たちは誰もが、講演会を前に「台湾有事」とはどういうことなのかと調べ、ネットを中心に事前学習を踏まえたうえで参加した。

真木さんは「台湾有事は起こるものだという内容の情報が多かったが、劉先生の『近い将来において中国による台湾への軍事侵攻はない』と結論づけたのに驚いた」と語る。「劉先生が示した根拠は、台湾と中国との政治的な歴史だけでなく、産業や地理的要因、世界における中台の立場などさまざまな面に及び、またそれをわかりやすく解説されたので説得力があった」と続け、有益な話を聞けたことがうかがえた。

台湾の大学への進学を希望している済々黌高校3年の西田梨音さんは、「台湾と中国は争いばかりではなく、実は助け合いもしているという話が印象的だった。戦うこと、武力以外でもこの問題を解決できる手段があるのではないかと感じた」と述べた。

また同校2年の松崎伊吹さんは台湾について事前学習をしたことを踏まえ、「ネットにある情報は、事実を知らずに書かれたものやネガティブな面をことさら誇張されている記事もあると感じた」とし、「片方の情報だけを聞いて一喜一憂するのではなく、知識を深めて自分自身で情報を判別していきたい」と話した。

さらに同高校3年の藤本和夏菜さんは、「真偽を含めいろんな情報があふれている今の社会で生きる私たちにとって、情報リテラシーを身に付けることがとても大切であり、そのためにもたくさん見て、聞いて、考えて情報収集や観察をしていこうと思う」と述べた。

親日的で日本人が留学しやすい台湾だが、台湾を取り巻く国際情勢は今後も複雑化するのは間違いない。留学も視野に世界に関心を持つ生徒たちにとって、台湾の専門家の見方や解説を聞く機会を提供する今回の試みは、とても有益なものだったことだろう。

(文:福田恵介、注記のない写真:Andreanicolini / PIXTA)