今年5月、トルコのエルドアン大統領が自らの息のかかった高等選挙委員会を通じ最大都市イスタンブールの市長選挙のやり直しを命じたとき、世界に不安が走った。だが、再選挙が行われた今、不安を募らせるべきはエルドアン氏のほうだろう。
3月末に行われた統一地方選は、同氏の強権政治に対する信任投票とみられていた。しかし先日の再選挙によって、共和人民党(CHP)率いる野党連合が首都アンカラを含む3大都市のすべてを制した。中でも経済の中心地、イスタンブールで勝利したことは大きい。エルドアン氏が自ら語っているように「イスタンブールを制する者はトルコを制する」のである。
エルドアン氏は1990年代にイスタンブール市長として政界に進出した。そのため、今回の再選挙でも思いどおりに結果を覆してくるとみられていた。ところが、エルドアン氏の与党・公正発展党(AKP)は完敗に終わった。
そのインパクトはトルコ国内にとどまらない。世界各地で台頭するポピュリストの強権政治家にとって、選挙が最大の弱みとなる現実をさらけ出したからである。
現代のポピュリストは一昔前の独裁者とは違う。中南米や南アジアなどでは軍服に身を包んだ強権政治家がクーデターを仕掛け、権力を奪い取ってきた。チリのピノチェト元大統領のように政敵を殺害、投獄、拷問するといったむき出しの暴力で権力を維持してきたのが、古いタイプの独裁者だ。
これに対し、ここ20年で現れるようになった新しいタイプの独裁者は選挙を通じて国政トップに上り詰めている。国民の経済的な不満や排外感情をあおり立てて選挙に勝つのが一般的なパターンで、普通は政敵を殺したりはしない。
民意こそが急所
社会的な分断が悪用され、選挙の公正さが損なわれているのは確かに問題だ。とはいえ、こうした独裁者にとっても、国民の支持が権力を正当化する最大の拠り所になっている点を忘れてはならない。彼らが選挙を操作し、政権を礼賛するようメディアに圧力をかけるのも、まさにこうした理由からだ。
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