インターネットが世の中をよくする。今どきこんなことを言い出せば、からかわれるのがオチだろう。だが、2010年代はそんな明るい雰囲気とともに幕を開けたという事実が忘れられているのではないか。
シリアで育った私は、こうしたネットの恩恵をこの手で受け取ってきた。言論の自由が限られたシリアのような国で、ネットは意見交換の場を与えてくれた。10〜11年に中東や北アフリカで広がった「アラブの春」の民主化運動でも、ネットは重要な役割を果たした。その後、何百万人ものシリア人が難民となり、ネットが彼らをつなぐ唯一の手段となった。
あるシリア人コメディアンに言わせれば、「シリア人社会はフェイスブック上にしか存在しない」。世界中に散り散りとなった人々が、いかにネットだけを頼りに連帯感を保ってきたかを物語る。
しかし今では、グローバルに開かれたネットを締め付けようとする動きが強まっている。政府はその気になれば、いかようにもネットを規制できるのだ。
例えば、「万里のファイアウォール」と呼ばれる中国のネット検閲システム。中国指導部はさまざまな仕組みを積み上げ、ネットを海外から遮断した。インドネシア、ブラジル、インド、トルコ、ナイジェリアなども同様の規制を検討しており、実際に導入を済ませた国もある。少し前に制定されたロシアの「ネット主権法」は、そうした規制強化策の一例にすぎない。
規制が国によって一段と異なったものとなる中、ネットの分断が加速するおそれが出てきている。
格差を生み出す真の敵
ただ、これらの規制はどれも民意を骨抜きにしようとする独裁的な企てだ、と一刀両断にするのも問題だろう。ネットへの介入が強まっているのは、2つの大きな変化に対処するためでもあるからだ。
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