日本企業を取り巻く課題は多岐にわたるように見えて実は同じ問題の異なる発露だとしたら、どうであろうか。日本企業は日本企業たるゆえんを変えるよう、根底で迫られている。そう思えて仕方がない。
私が1997年に発表した論考に沿って説明するなら、米国企業を米国企業たらしめる経済原理は「組み合わせ」の経済である。これは、経営資源を組み替えることで新たな価値を生み出すと、それが競争優位の源泉になるという考え方である。その前提として人や金の流動性が欠かせない。
それと対極を成すのが日本企業を日本企業たらしめる経済原理、「蓄積の経済」にほかならない。これは、市場では買うことができない対外信用やノウハウを長年にわたって蓄積すると、それが競争優位の源泉になるという考え方である。その前提として人や金の安定性、すなわち長期雇用や安定株主が欠かせない。
2つの経済原理は二律背反の関係にあり、それぞれに一長一短がある。ところが、ここに来て経営環境や技術体系が激しく流動化しており、それにつれて、蓄積した資産が著しく減価する現象が起きている。その結果が、日本企業の随所で露呈する矛盾と思われる。
その最たる例が研究開発である。閉鎖的な中央研究所を社内に構えてコツコツと知見を蓄積しても、もはや世界の競争には太刀打ちできないという。代わりに隆盛を極めるオープンイノベーションやM&A(合併・買収)は、新たな組み合わせを求めるに等しい。
新人採用も同根である。入社して数年の若手が大挙して辞めるのは、蓄積を積まないと一人前扱いしない企業の姿勢に彼らが幻滅するからであろう。自発的に新たな組み合わせを求めて去る若手を、企業が一方的に責めても何も生まれまい。
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