ゴードンは、1970年代以降の生産性上昇率の低迷を、生活を根本から変える発明が乏しくなった結果だと論じた。だが技術だけで経済成長が決まるわけではない。注目すべきは、大恐慌下の30年代にアメリカの労働生産性が上がり、以降も人々の所得と生活水準が改善していたことだ。
ルーズベルト大統領のニューディールは労働組合を強化し、最低賃金を引き上げ、労働時間を規制し、社会保障を整備した。そうして実質賃金が上がると、企業は安い労働力を確保できなくなり、機械設備への置き換えを進めた。
つまり、生産性が上がったから実質賃金が上がったというだけの単純な話ではない。労働法制の強化が賃金上昇を後押しし、企業の省力化投資と資本深化が促され、生産性をさらに押し上げた。加えて戦後はステークホルダー重視の企業経営が行われ、労働者や地域社会への長期的投資を支えた。
この仕組みが70年代から逆回転を始める。トマ・フィリポンが『競争なきアメリカ』で論じたように、競争政策が後退し、企業の独占・寡占が進んだ。企業は、競合を買収し市場を支配して、価格を吊り上げることで利益を出そうとするようになった。労働市場でも買い手独占が強まって賃金が抑えられ、労働分配率の低下が続く。
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