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キャリア・教育 #還暦バックパッカー教授の世界見聞録

日本の存在感は本当に薄れたのか?海外を旅して見えてきた「モノづくり大国」の変貌と世界に広がる新たな強み

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エチオピアの首都アディスアベバの交差点にズラリ並ぶ日本車
エチオピアの首都アディスアベバの交差点にズラリ並ぶ日本車に遭遇した(写真:筆者撮影)
  • 河瀬 誠 立命館大学ビジネススクール教授、MK&Associates代表

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立命館大学ビジネススクール教授で、“還暦バックパッカー”の河瀬誠さんが「旅×人生」「旅×キャリア」などを綴る連載。今回は海外を旅すると見えてくる、「モノづくり大国」日本の現在地についてです。

30年前、話題の中心にいた日本

私がアメリカに留学していた1990年代の前半、私の周囲では日本人学生がとても多かった。街中を歩いていても、日本語をよく聞いた。授業でも日本企業の話題が多く、「日本企業ならどうする?」と教授からいきなり話を振られて焦ることも何回もあった。

当時は1ドル100円前後で、授業の後にいつもランチをしていたバーガーキングのセットが2ドル。アメリカは物価の安い国だな、と思ったものだ。

その頃の日本経済は、バブルが崩壊したとはいえ、まだ世界から一目置かれていた。

1990年の日本の一人あたりのGDPはアメリカより1割ほど高く、アジアの中ではシンガポールや韓国を上回り、中国とは70倍以上もの差があった。当時の日本は圧倒的に豊かな国だった。

しかし30年後の現在、旅をしていても、日本企業や日本経済の話を聞く機会はとても少なくなった。

数字で見ても、2025年の一人あたり名目GDPは約3万6000ドル。アメリカは日本の約2.5倍、シンガポールは約2.8倍で、韓国にも逆転されてしまった。中国に対してはまだ約2.6倍あるとはいえ、以前のような圧倒的な差ではない。

私の経験上での話だが、食事の価格も東京だと1000円で食べられるランチが、ニューヨークやロンドンだと4000円、シンガポールや北京でも2000円はするといった感じだ。

日本は安い国になった。この間に一体何が起こったのだろう?

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