初来日でヒッチハイク、30年以上続けている弓道
——そもそもフランス生まれの社長が、なぜ日本に住まわれることになったのか。日本への関心があったそうですね。
シュシャン 日本に初めてやってきたのは、1983年の夏、私が大学生だった頃です。未知のものに出合いたいと東南アジアを旅していて、最後にやってきたのが、日本でした。
最終目的地は日本と決めていました。もちろん東南アジアの国々も、ヨーロッパで育った私にはエキゾチックでしたが、日本への旅の目的はもっと精神的なものでした。アジアの極東の地である日本には、ヨーロッパの文化と違う何かがある。そんな予感がはっきりとあったのです。
そのきっかけとなったのが、書物で読んだ日本の禅の世界でした。禅の世界は、ヨーロッパの考え方とはまるで違っていました。
日本に着くと翌日、私は福井県にある永平寺に行くつもりでした。曹洞宗の開祖である道元禅師が開いた、禅の修行で有名なお寺です。それで東名高速道路の入り口に「福井」と書いた紙を持って立ち、ヒッチハイクをしようと考えました。
夜の8時です。高速道路の入り口に立つ外国の青年を乗せてくれるドライバーはいませんでした。日本ではヒッチハイクは無理なのか、と半分諦めかけていたとき、キャンピングカーに乗った男性が、車を停めてくれました。
福井までは行かないけれど、途中の御殿場まで車で同乗させてくれると言います。ありがたく同乗させていただきました。
車中でわかったのですが、その人は菅原義正さんという日本の有名なラリードライバーでした。その年の1月にパリ・ダカール・ラリー(現・ダカール・ラリー)に初参戦して、帰国したばかりだった菅原さんは、偶然にもフランスからやってきた青年を乗せたことをとても喜んでくれました。温泉に寄って、すき焼きまでご馳走になりました。


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