ロサンゼルスで8年間も過ごした早紀さん。夜遊びも覚え、自由な生活を楽しんだ。恋人がいる時期もあったが、とにかく「好きなときに好きなことを好きな人と一緒にやりたい」という気持ちが強かったと明かす。
「男女7人グループでルート66を辿る旅もしました。恋人がいるといろいろ制限されるけれど、いなければ何をするのも自由です。結婚している人の愚痴もいろいろ聞いていて、ちっとも楽しそうじゃないと思っていました」
リーマン・ショックが発生して仕事が見つからなくなり、やむなく帰国したのが20代後半のとき。美容関係の事業で起業を考えていた早紀さんは、実家に戻ってお金を貯め始めた。就職先は、父親の紹介で入った経済団体の事務局。そこで早紀さんは「天職」と思える仕事に出会う。学生の留学をサポートする業務だ。
自らも海外経験が長い早紀さん。海外志向の若者に頼ってもらえるのが嬉しくて仕事に励んだ。恋人が海外赴任をするタイミングでも仕事を辞められず、別れてしまうこともあった。
「間に入ってくれた」と早紀さんは感謝したが…
そんな早紀さんが義之さんに出会ったのも職場である。当時、早紀さんは上司との折り合いが悪く、大好きな業務から外されそうになっていた。精神的に参っていたときに手を差し伸べてくれたのが、団体の会員でもある義之さんだったという。
「私は彼女を助けたつもりはありません。『外すのはいいけれど、その後はどうするの? 機能しなくなったらどうするの?』と質問しただけです」
義之さんにはそのつもりはなくても、早紀さんは「間に入ってくれた」と深く感謝。結果として、早紀さんは担当していた業務から外されてしまったが、義之さんとの縁が生まれた。コロナ禍で苦しみながらも新たな事業を始めた義之さんにお守りを渡し、2人は付き合うようになった。結婚を前提にして1年ほど同棲して、今年の初めに早紀さんは自然妊娠。出産前に婚姻届を提出したことは冒頭に書いた。
2度の結婚経験がある義之さんに対して、早紀さんは勉学と遊びと仕事を常に優先してきた。40代半ばになって結婚したくなった理由は何だろうか。タイミングと相手がちょうどよかったと早紀さんは率直に答えてくれた。


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