爽やかで仕事もできる義之さんには、すぐに次の出会いがあった。舞台は、別の建築会社に転職をしてからよく利用していた喫茶店。店主の娘を食事に誘ったというのだから、義之さんには積極性もある。相手は義之さんより5歳下で、シングルマザーとして1歳の娘を育てていた。仮に恵美子さんとしておく。
「喫茶店の仕事を手伝っている様子が手際が良くて、気もきいたので興味を持ちました。結婚する気はなかったのですが、子どもがいるので長く一緒にいるなら結婚するべきですよね。前の夫からはDVを受けていたようで、養育費などももらっていませんでした。その長女も今では24歳になって子どもがいます。私にとっては孫ですね。仲良くしていますよ」
結婚した後、2人の間には次女と長男も誕生。現在はそれぞれ20歳と18歳に成長している。
コロナ禍で仕事が消え、家に帰らなくなった
義之さんは40歳を迎える目前で独立し、自らの建築会社を経営するようになった。その頃には恵美子さんもエステサロンを開業。どちらも仕事に没頭するようになり、気持ちのすれ違いが生まれるようになったという。決定的だったのはコロナ禍だった。
「自宅勤務が増えてオフィスが必要なくなったり、工場の設備投資が見送られたりして、建築業界では仕事がなくなってしまいました。せっかく作った会社をたたまなければならないかと思ったぐらいです」
仕事が不調ならば、家事や趣味に精を出せばいいと筆者は思うが、義之さんには耐えられなかったようだ。すでに恵美子さんとの仲が冷えていて、家庭内での居場所がなかったのかもしれない。
「私は八つ当たりをするような性格ではありません。でも、不安な状態で家にいたくもありません。3年近くは家に帰らずに事務所で寝泊まりをしていました」
現在の妻である早紀さんとの出会いはコロナ直前に遡るが、その話を聞く前に、早紀さんが45歳までどこで何をしていたのかが気になる。工場経営をしている一族の末っ子として生まれた早紀さんは、実家に息苦しさを感じていたと振り返る。
「父方の祖父母も同居していて、とにかく過保護でした。女友だちの家に泊まりに行くことも許されません。兄と姉が留学をしていたので、私も早く家を出るために、短大を卒業した後アメリカに行きました」


※ログイン後、コメント入力が可能です。