敦さん本人にも話を聞いた。
「確かにお父さんを責めました。けれど、今まで言えなかったけど、本当の理由は違うんです」と語り始めた。
大学の友達に教えられたのは、アルバイトだけではなかった。
「カードでお金を借りられるって教えてもらいました」
仕送りで生活費は足りていたが、アルバイトをすればもっと自由にお金が使えると知った。そして友達に「アルバイトをしているんだから給料が入ったら返せばいい」と言われ、1万円をキャッシングして好きなブランドの靴を買った。
ほどなく収支の帳尻が合わなくなった。カードの借り入れ限度額いっぱい借りると、友達が別のカード会社を教えてくれた。複数のカードでキャッシングし、借金は20万円台まで膨らんだ。
返済するため、1回の勤務で1万円稼げる工場の夜勤を増やすと、徹夜明けのまま授業に出て、居眠りしてしまうようになった。単位を落として留年した。今振り返ると、バイトを増やした結果、接する人やタスクが多様化し、負担も増大していたのだろう。不安から医療機関に通院し、精神安定剤や睡眠薬の服用量が増えていった。
「もう悪循環です」
敦さんは当時をそう振り返る。
父もバイトして息子を理解しようとした
自分を制御できなくなって措置入院をした時期に、コロナ禍が始まった。感覚過敏のある敦さんにとって、マスクの着用なども大きなストレスになり、施設を転々とすることになった。
敦さんだけでなく父の田中さんも参ってしまい、心療内科に通院した。
22年、マスクの非着用も含め行動制限が緩やかな現在のグループホームに入居したことで、敦さんの心身はようやく好転に向かった。通信制短大に入り直して卒業し、今年4月に通信制大学に編入した。
今は学業の傍ら、障害者に福祉的就労の機会を提供する「就労継続支援B型」の事業所にも通う。身体を動かす作業が好きで、「一番好きなのは洗車。車がきれいになって、気持ちよく帰ってもらえるのがうれしい」という。
敦さんが落ち着きを取り戻したことで、田中さんも一息つき、改めて過去を振り返るようになった。
「『お父さんの言ったとおりバイトを増やして生活が崩れた』と言われたのはショックでした。敦が何を感じていたのか、自分が何を見落としたのか。同じバイトを経験すれば少しでもわかるのではないかと思ったんです」


※ログイン後、コメント入力が可能です。