私は、この考え方そのものがおかしいと言いたいわけではありません。むしろ身体を客観的に捉え、分析することは、私たちの生活を大きく豊かにしてきました。ただ、その一方で、身体を「感じるもの」ではなく「管理するもの」として捉える傾向も強くなっているのではないでしょうか。
窪田:ただ、精神と身体を切り分け、精神を優位に置く考え方が、いつの間にか当たり前になっているということですね。
大川内:そうです。たとえば「理性的ですね」は褒め言葉ですが、「感情的ですね」は一般的にそうではありません。大人が疲れた、眠い、お腹が空いた、嫌だ、といった身体の欲求をそのまま表に出せば、未熟だと見なされることもある。近代的な社会では、身体からの信号をそのまま表に出すよりも、自分でコントロールすることが「大人らしさ」として評価されやすい。そうした感覚が、私たちの中にかなり深く入り込んでいると思います。
窪田:そうした感覚は、今の学校や仕事にも影響しているのでしょうか。
大川内:はい。その結果、学校でも仕事でも、長く座り、頭の中で考え、正解を出すことが高く評価されてきました。ここ100年ほどは、知性を重視する一方で、身体を使った経験が相対的に軽く扱われてきた時代だったのではないでしょうか。
100年で変わった生活と、子どもの目
窪田:私も、進化の時間軸から見ると、この変化は極めて急激だと感じています。人類は、長い間身体を動かし、狩猟や採集をする生活に適応してきました。それに対して、座ったまま画面に向かう生活が有利だという環境は、ごく最近になって急に現れたものです。
大川内:教育の現場でも、座っていられることが「よい子」の条件になりがちですね。
窪田:はい。小学校1年生の段階で、長時間じっと座っていられる子どもは、全員ではありません。それでも一律に座らせ続ける。身体と精神のバランスが取れていなければ、精神的な働きにも影響が出ることがわかってきています。


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