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今回は、宮崎県都城市から3浪して早稲田大学政治経済学部を目指したものの合格には至らず、21歳で飲食店を開業。以来45年間、歌舞伎町で都城市の郷土料理店「みやこんじょ」を営んできた廣底政信さんにお話を伺いました。
浪人時代の人との出会いが今の生き方にどうつながっているのでしょうか。
3浪で早稲田を断念→歌舞伎町の居酒屋オーナーに
廣底さんは1959年に宮崎県都城市に生まれ、育ちました。父親は若くして身体を弱くし、母が懸命に働いて姉と廣底さんの2人を育てたそうです。
小さい頃はおとなしめの子どもでしたが、小学5年生の児童会長選挙で姉が作った演説文を読み上げると、一気に注目を集めたそうです。
「扇子を開くような感じで、和紙をバララっと出してから、『みなさん!』と呼びかけたのですが、それがうけました。
子どもは視覚的なものに惹かれるので、それを訴えたのがよかったのだと思います。それから頭がいいわけでもスポーツができるわけでもないのに、面白いやつだなと思われて、児童会長になりました」
運動面もとりわけできるわけではなかったそうですが、小学校6年生まで水泳を続けたおかげで、最終学年くらいで足が速かったクラスメイトを追い越し、1300人ほどいた学校で3番目くらいに足が速くなったそうです。
中学校に入ってからも生徒会長になり、鉛筆削り機を全クラスに設置するプロジェクトを実現するなど、人を動かすことへの素地は早くからありました。


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