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ライフ #浪人したら人生「劇的に」変わった

歌舞伎町で45年続く《宮崎料理の居酒屋》の店主…早稲田を3浪で断念「中途半端だった」元浪人生が飲食業界で花開いたワケ

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歌舞伎町で都城市の郷土料理店「みやこんじょ」を営んできた廣底政信さん
歌舞伎町で郷土料理店を営む廣底政信さん。今年いっぱいで店を息子に引き継ぎます(写真:新宿みやこんじょInstagramより)

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浪人という選択をする人が、20年前と比べて半数ほどになっている現在。「浪人してでも行きたい大学がある」と考える人が減る中で、長い時間をかけて学び続ける経験は、人をどのように変えるのでしょうか。
自身も9年間の浪人生活を経て早稲田大学に合格した経験を持つ濱井正吾氏が、さまざまな学び直しの経験者にインタビューし、その道を選んでよかったことや、頑張り続けられた理由を探ります。

今回は、宮崎県都城市から3浪して早稲田大学政治経済学部を目指したものの合格には至らず、21歳で飲食店を開業。以来45年間、歌舞伎町で都城市の郷土料理店「みやこんじょ」を営んできた廣底政信さんにお話を伺いました。

浪人時代の人との出会いが今の生き方にどうつながっているのでしょうか。

浪人の経験は廣底さんの人生にどう影響しているのでしょうか(写真:廣底さん提供)
【写真を見る】歌舞伎町で45年続く《宮崎料理の居酒屋》の店主…早稲田を3浪で断念「中途半端だった」元浪人生が飲食業界で花開いたワケ(4枚)

3浪で早稲田を断念→歌舞伎町の居酒屋オーナーに

廣底さんは1959年に宮崎県都城市に生まれ、育ちました。父親は若くして身体を弱くし、母が懸命に働いて姉と廣底さんの2人を育てたそうです。

小さい頃はおとなしめの子どもでしたが、小学5年生の児童会長選挙で姉が作った演説文を読み上げると、一気に注目を集めたそうです。

「扇子を開くような感じで、和紙をバララっと出してから、『みなさん!』と呼びかけたのですが、それがうけました。

子どもは視覚的なものに惹かれるので、それを訴えたのがよかったのだと思います。それから頭がいいわけでもスポーツができるわけでもないのに、面白いやつだなと思われて、児童会長になりました」

運動面もとりわけできるわけではなかったそうですが、小学校6年生まで水泳を続けたおかげで、最終学年くらいで足が速かったクラスメイトを追い越し、1300人ほどいた学校で3番目くらいに足が速くなったそうです。

中学校に入ってからも生徒会長になり、鉛筆削り機を全クラスに設置するプロジェクトを実現するなど、人を動かすことへの素地は早くからありました。

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