今回は、宮崎県から2浪で東京大学理科二類に合格した原蒼空さんにお話を伺いました。毎年大学等進学率が50%を切る宮崎県から東大に進学した原さん。
しかし、彼は「田舎の情報格差が逆に武器になった」と語ります。
独特の視点で浪人生活を振り返る原さんに、3年間の道のりを伺いました。
大学進学者がほとんどいない環境
原蒼空さんは宮崎県小林市に生まれ育ちました。大学進学者がほとんどいない環境で、姉が家族で初めての大学生、自身は家族で2番目という家庭でした。
幼少期は内気で人見知り。パズルなどの正解が決まっているのもよりも、ドミノ倒しなど自分なりの創作ができるものが好きで、友達との思い出はほとんどなかったそうです。
「ゲームをひたすらやっている子どもでした。小4の時には『ONE PIECE』にはまって、セリフをすべて言えるようになりました」
地元の小学校では首席。先生が用意したプリントを早く解きすぎるので、「先生の代わりをやってくれ」と解けていない子のところに手伝いに入る子どもでした。
中学校は、友達に誘われた縁で中学受験を経験し、中高一貫の県立都城泉ヶ丘高等学校附属中学校に進学しました。


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